第14話 情報が多すぎです
「旦那様、シルバーフォレスト公爵……いえ、リュストレー前王太子殿下は、容姿端麗、
「へぇ〜っ! 容姿端麗はものすごくわかりますけど、才気煥発? 武芸に秀で? 信じられませんね! あの設定オタクで、体格はあるけど、がっりがりで偏食、性格超悪いわがまま閣下が!」
美玲は本気で驚いている。
セバスティンは庭の真ん中で立ち話もなんだからと、片隅の古ぼけた東屋に美玲を案内していた。
かつては美しい蔓植物が巻きついてただろう、彫刻された石柱には、みすぼらしい残骸がへばりついているばかりである。
周囲は、侘び寂びの世界である。
「確かに、見せてもらった下書きは、物語というよりもドキュメンタリーっぽかったですけど」
「どきゅめんたりー?」
「いえ、物語というより軍人、それも指揮官の記録って感じで……それで、あの……私をこの世界に呼び寄せたリュストレー様の召喚能力は、問題にならなかったのですか? お母様を危険な目に合わせたって言ってましたよね?」
「はい。それまでリュストレー様が転移させるものは、鳥や
「……それでお母さまは?」
「私が知っているのは、体調を崩された母君と王太子リュストレー様が、離宮にご静養あそばされたとき、何かの事件が起こり、急に母君を湖の見える高台へと転送してしまわれたと……」
「わぁ! それは危険!」
「幸い、お命に別状はなかったのですが、発見されるまでに五時間ほどかかったらしく、深夜になってしまって大騒動になったそうです。私が知っているのはここまでで」
「……なんでそんなことになったんですかね? やっぱりそこには、理屈とか条件があると思うんですけど……」
美玲は考え込んだ。
「ただ、どういう条件が
「つまり、帰還方法もわからないってことですね」
「はぁ。過去にも数人、王家直系の男子にそんな能力が表れる方はあったらしいのですが」
「ああ、確か私が召喚された時にもそんなこと、おっしゃっておられました」
「ミレ様が出現なさった日の朝に、リュストレー様は王都のさるお方に手紙を書かれておられます。非常に珍しいことです」
「さるお方、ですか? どなたですか?」
「お名前はわかりませんが、おそらく昔のご友人か、お知り合いだと……それからすぐに書物が数冊送られてきました」
「え!? それってひょっとして、私のために尽力を?」
私を元の世界に戻すための資料(?)、を探してくれたってこと?
「それは直接お伺いくださいませ。ただ、私が申し上げたいのは、転移能力のある王族はいずれもご短命で……皆様、二十五歳になるやならずで、亡くなられた、ということです」
セバスティンは悲しそうに言葉を切った。
「えっ!?」
「そうなのです。リュストレー様は現在、二十八歳。いつ亡くなられてもおかしくはないのです」
「そんな!」
美玲は言葉を失った。
だから、彼は自暴自棄になっていたの? 自分の余命が
「ミレ様、リュストレー様は、そんなにお弱い方ではございません」
セバスティンが、美玲の心の内を推し測ったように言った。
「え?」
「先の国境紛争の話は聞かれましたね? 八年前に、小国ながら交易で豊かな我が
「緋熊……恐ろしそうな国名ですね」
「恐ろしいです。奴らは十何年ごとに我が国を狙ってきます。そして、前回の紛争では、当時二十歳のリュストレー様が指揮官に名乗りを挙げられた」
「名乗り? 自分から?」
確か、お飾りの将とか言ってなかった?
「左様でございます。どうせ、長くは生きられないなら、国のために戦いたいとおっしゃって」
「戦いは……そのぅ、この国の勝利で終わったんですよね?」
彼に見せらた物語、いや記録によると。
「はい。リュストレー様の
「やっぱり、軍隊の経験があったんですね!?」
美玲の言葉に、セバスティンは重々しくうなづく。
「王族の男子は士官学校に数年間、籍を置きます。リュストレー様は二年間通い、西や南の国境での駐屯経験もおありです。離籍してからも熱心に聴講をされていて、かつての緋熊との戦役の記録なども熱心に研究されていたようです」
「ああ、なるほど」
あの人が見せてくれた話は、物語としては不出来でも、記録としてはすごいと思ったんだ。
「でも、さすがに戦の実践経験はなかったので、将軍たちの軍議に異論を挟さまれることはなかったのですが、紛争の最終局面で危機的な状況に陥った時、その地形がかつての古戦場に似ていると思われたリュストレー様の思い切ったご采配で、我が軍は勝利したのです」
「それはすごい! 運が良かったとはいえ、知識が役に立った! 王子様の面目躍如じゃないですか!」
「しかし、敗走する緋熊の軍は、国境地帯に住む少数民族たちを盾にして、時間稼ぎをしたのです」
「どうなったの?」
「その戦いに参加したものは、戦場の様子を伝えることを禁じられ……というより、誰も語りたがりません。なので、一般の人民にはほとんど知られていないのです。しかし、噂は広がります。自由国境の深い森の中は兵士だけでなく、少数民族の男女子ども、老人までを巻き込んだ、凄惨な戦場となったと言われております」
「ひどい……」
「そしてリュストレー様は」
セバスティンは視線を落として言葉を切った。
「最前線でその光景を見てしまった?」
「おそらく。ですが、語られていない、語れないこともきっとあります。私にはそう感じられるのです。リュストレー様が今のようになってしまったのは、それからなのです。夜、眠れなくなり、昼夜逆転の生活になってしまわれました。そして極端な偏食、人嫌いも酷くなり、奇異な行動が目立つようになりました」
「……」
なら、リュストレー様は、あの物語……というか記録を、どういう気持ちで書いたんだろう?
性格まで変わるくらい悲惨な戦場を見たなら、思い出したくもないはずなのに、英雄の物語にしたいと言ってた。
それにはきっと、何か理由があるはずだわ。
「果ては、婚約者だった友好国の隣国の王女殿下に、公式な場で婚約破棄を申し渡され……」
「うわぁ……それはひどい。公衆の面前で、王女様に恥をかかせたってことかぁ……」
美玲は見たこともない、隣国の王女に深い同情を感じた。
婚約破棄はラノベの人気ワードだけど、実際にされたら、たまったものじゃないだろうなぁ。
きっとあの見てくれとか才能に、乙女の夢を描いていたんだろうに。
「左様でございます。リュストレー様は、婚約破棄と同じ場で、王太子の座を下るとも宣言され……以来」
「このお屋敷に引きこもったと言うわけね」
セバスティンは黙って
「事情は大体わかった。きっと色々ネガティブなことを考えていた八年の間に、すっかり性格も歪んじゃったんだ。でもだからと言って、大人気ないワガママとか、食べ物を粗末にしていい理由にはならないと思うけど。むしろ辛い状況を知っているのなら、もっと違うやり方もできたと思う」
美玲は感慨深げに言った。
目の前には荒れ果てた庭。
「……手厳しいですな、美玲様」
「まぁ、状況は全然違うけど、私にもしんどい時はあったから」
足元の小さな花を揺らしながら、美玲はつぶやいた。
季節柄、花は少ない。
かつて咲き誇ったであろう園芸品種は、全滅に近いだろう。
けれど、小さな花をつけた野草がたくさん生えている。花園や庭園ではないけれど、これはこれで
空気は重く、冷え込みはじめている。
「ではどうあっても、旦那様の元へは行って頂けないと……?」
「それは……」
美玲は口籠った。
彼女とて、冷たい人間というわけではない。若い割に現実主義なだけである。
考え込んでいると、不意に老家令が足元に身を投げ出した。
「ぎゃああ! なんでジャパニーズドゲザ!?」
「お願いです! ミレ様! 旦那様、リュストレー様をお救いくださいませ! この通りでございます!」
「ちょっ! セバスティンさん、やめてください!」
慌てふためいた美玲が、セバスティンの肩を掴んだ時。
「そうだ。やめるんだ。セバスティン」
暮れなずむ空を背景に、長身の男が立っていた。
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