第13話 話くらいは聞きましょう
宣言通り、次の日から美玲は、リュストレーの部屋に行かなくなった。
セバスティンが幾度
しかし、ただでご飯を食べさせてもらって
リュストレーの目に触れないように気をつけているだけで、この屋敷には十人以上の使用人がいる。でなければ、この規模の屋敷を維持できないだろう。
ただ、若い者はいないし、ほとんどが男性だった。
家の中の仕事は恐れ多いと断られるので、仕方なく荒れ放題の庭に出て、草むしりや、掃除をする。
屋敷に庭師はいないようだった。
「以前は立派なお庭だったと思うんだけどなぁ」
広くはないが、草ぼうぼうの小道の先には、水が止まったままの噴水や、座り心地が良かっただろう古びたベンチもある。
ベルサイユ宮殿のように人工的な区分けではなく、自然に見えるように配置された蔓棚や小池もあるが、ゆっくりと朽ちつつあり、まさに自然に帰ろうとしているのだ。
それは静かで穏やかな、時間が止まってしまったような庭だった。
庭を持ったことのない美玲は、その空間が大変気に入り自分でできる限りの手入れをして過ごした。
美玲がリュストレーの部屋に行かなくなって二日後の昼下がり。しゃがんで草を引いている彼女の前の地面に影がさした。
セバスティンだ。
「ミレ様……」
「またですか?」
「申し訳ございません。どうかあの方のそばに……」
「けどリュストレー様は、まだ寝ている時間ですよね」
薄暮にはまだ少し間がある時刻だ。宵に起き出すリュストレーならば、まだ眠っている頃合いだろう。
「ええまぁ普段なら。ですが、このところほとんど、お眠りになられていないようです。食事さえもほとんど取らずに。いつも難しい顔で考え込んでいらして」
「そうですかー」
美玲は冷淡に言った。健常な大人の日常生活は自己責任と思っている。
というか、思っていた。
痩せて、粗食なのに、これ以上食べなくてどうするのかしら?
セバスティンさんの口調では、身の回りのこともやっていないんじゃないかな。
「今夜もう一度だけ、旦那様のお部屋に行ってくださいませんか?」
「用事があれば人を寄越すのではなく、自分から出向くのは筋では?」
罪もない雑草(日本の種類と少し違う)の穂を引っ張りながら、美玲は応じた。
「……やはりお怒りなのですね、ミレ様」
「私、厳しい子ども時代を過ごしましたので。お腹を空かせて給食……学校で出してくれる昼食のことですけど、それが楽しみで学校に行ってたんです。だから!」
振り返ると、セバスティンが折れんばかりに腰を折っている。立派な大人がこんな小娘に。
しかし、美玲は罪悪感を抑えて続けた。
「う……だから、食べ物を粗末にする人は大嫌いなんです。農家や牧畜業の方々、食材を運んでくれた人、料理を作ってくれた人に感謝できない人の言う事なんて、聞きたくないです」
「その通りでございます! 申し訳ございません」
「頭をあげてください。私、セバスティンさんに謝っていただこうとは思ってませんから」
「わかっております。あなた様は公平なお方だ。ですがミレ様……確かに旦那様は、世間知らずで偏屈なところがおありです。しかし、決して情けを知らぬお方ではないのです」
セバスティンが決意を秘めた目で美玲に迫る。なかなかの迫力だ。しかし、美玲は負けなかった。
「どうだか。私には大体いつも偉そうだし!」
「それはお生まれ、お育ちのせいでもあります。なんと言っても旦那様は、数年前までこの国の王太子だった方なのです。多少の傲慢や理不尽は、ある意味当然なのでございます!」
「国の上に立つ人が、下々の人たちの苦労を知らなくてどうします?」
どうだ! これ以上ないほどの、ど正論だ。
「それも重々ごもっともなれど……これには事情が」
立ち上がって胸を張る美玲に、セバスティンはひたすら
「どんな事情があったら、食べ物を粗末にしていいんですか? 私だっておととい、食べきれないほど運ばれてきたお料理を見て、皆さんのお気持ちを
「さ、さようでございます。ミレ様がいらしてから、旦那様はいつになく楽しそうでした。ですから……」
「ですよね? だから余計なこととは思いつつ、食べられるものがあればって、少しずつお皿に盛って差し出したら、全部ミルクカップに突っ込まれて! 私は確かに異世界からきた身元不確かな馬の骨で、お貴族様から見たら虫ケラみたいなものでしょうけど、日本には一寸の虫にも五分の魂って
美味しい料理のミルク漬けを思い出し、美玲は泣かんばかりに訴え続けた。
「わかります! おっしゃる通りです! ですが、お聞きくださいミレ様!」
「何をですか?」
「旦那様のことです。私にわかる限りの事情をお話しいたします」
「……それを聞いたら、どうかなるんですか?」
「少しはあの方のことを、ミレ様にわかっていただけるかと……」
「……」
美玲は忠実な家令の肩にそっと手を置いた。
「顔をあげてください」
話を聞こうと思ったのだ。
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