第37話 リュストレーの話 1

「そなたを召喚してしまったことは、完全に偶然で、私の勝手な異能の発動だ」

 リュストレーは以前してくれたように、執務室の長椅子に腰を下ろし、顔が見えるように、膝の上に美玲を置きながら言った。

「幼い頃からのつまらぬ異能で、私のことを魔公爵などと噂するものがあったが、私は常にそれが苦でな。ゆえに私は自分を呪い、短命である運命も甘受していた。不幸な事件もいくつも起こしてしまったし」

 リュストレーが私に回した腕に、ぎゅっと力を入れる。

「しかし、なぜか私は死なずに引きこもり、何かをやろうとして、偶然そなたを召喚した。それからの私は、密かに楽しくて仕方がなかった」

「えー……あれでぇ?」

 お料理全てミルクのカップに落とし込み事件は、まだ記憶に鮮明だ。あの時はどれだけ腹が立ったことか。

 リュストレーもそうだったのだろう。少しバツが悪そうにしている。

「そう。あれで。まぁ、全部私が悪かった。それほど私はひねこびていたのだ。でも、美玲とのやり取りで、私の停止していた思考がどんどん活性化していった」

「活性化……しました?」

 確かに色々な話をしているうちに、彼のことがわかってきた、と美玲は思う。

「ああ、そうだ。あの時は楽しかったな……物語を二人で作り上げていた時。私は生まれて初めて、生きがいというものを経験した」

 ぎゅ、とまた腕に力がこもった。

「……ですね。あれは本当に楽しかった」

 わずか数ヶ月前の出来事なのに、なんだか遠い思い出のように感じる。

「だが、私が愚かだった点の一つは、自分の屋敷の中に父の手の者がいることを、見過ごしていた点だ」

「気づいていらしたのでしょう?」

「そもそも最初から。しかし、母や国や民にあれだけ迷惑をかけた私だから、監視程度は仕方がないと妥協していた。父は私を愛してくれていたが、私に王宮に戻る気はなかったし、権力にはもっと関心がなかったから。息子の様子くらい把握させておいいても、良いだろうと思ったのだ」

「親孝行のつもりだったんですね」

「そのつもりだった。だが、それが甘かった!」

 納得しかけた美玲に、リュストレーは苦々しく言った。

「その者は屋敷にあまり長くいたし、完璧に召使いに徹していたので、存在が意識から薄れてしまったこことも馬鹿だが、美玲が来てくれたことに浮かれて興奮していて、その者がそなたのことを父に報告することを失念していた。これは大きな失態だった」

「まぁ、八年も経っていましたし、その間ほとんど動きはなかったのでしょう? その人も新しい報告ができて嬉しかったでしょうねぇ」

 美玲は間抜けな感想を漏らした。

 帰ってきてリュストレーの腕の中にいる今、いまさらその人を責めようとは思わないのだ。

「美玲はそういうが、もし美玲がただの勤労少女ではなく、なんらかの専門知識や、武器を持っていたなら、この国の歴史を変えることにも、なりかねないからな。頃合いを見計らって、王宮がユノを寄越したのは、それだけ危機感を持ったからだろう」

「でも、私にそんな最も能力もないことくらいは、その間諜……スパイさんかな? も把握はできていたと思うんですけどね。だって、ずっとお屋敷にいたんだし」

「そうかもしれない。だが、私がそなたに夢中になることは、想定外だったのだろう……ふん!」

 そう言って、またリュストレーは美玲を胸に閉じ込める。

 とても居心地がいいが、少々恥ずかしすぎる。

「ちょ、ちょっとリュストレー様、話の区切りでいちいち私を抱きしめるの、やめてくださいよ〜」

「なにを……た、確かめておるのだ! そなたが本当に、我が腕に帰ってきたのかを!」

「いますよ。そんなにホイホイ転送されたら困ります。ほら、暖かいでしょう?」

 美玲はリュストレーの膝の上で軽くジャンプした。それはほんの少し、ちょっとだけ尻を動かす程度だったのだが。

「これ! やめなさい! 私とて、色々思うところはあるのだぞ!」

 慌てたように、美玲の動きを封じるリュストレーである。

「とっ、とにかく、今は真面目な話なのだ。美玲にちゃんと説明しないうちは、私はそなたに手が出せぬ……」

「は? て? まぁ、いいです。とにかく私にも、ずっと抱えていた疑問はありますから、最後までちゃんと聞きます。じゃあ、膝から下りますね」

「それはだめだ。私が寒くなる」

 きかん気の公爵様は、美玲の少し伸びた髪を掬い上げながら話を続けた。


「どうしてだか知らぬが、私は二十五を過ぎても死ななかった。母の立てた仮説では、王家直系の父ライオネルと、やや傍系とはいえ、異能を受け継いだ母アヴェーラとの間に生まれた私は、負の遺伝子を駆逐くちくしてしまった……ということらしいが、そんなことはもうどうでもいい。大切なのは」

「あなたがこれからも、元気に生きていくってことですよね」

「ああ、そうだ。私は美玲と共に、これから未来へと歩んでいく」


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