第33話 帰還方法

「どうやって? そうね」

 アヴェーラ王妃はすっと立ち上がった。

「ついていらっしゃい」

「……」

「どうしたの? 異界……ニホンに帰りたいのでしょう? 心配しないで、まさか殺されるとでも思った?」

「ユノに、私の存在が邪魔だと言われたもので」

「ああ、あの男はリュスのシンパだからね。でも、私に依頼してきたのは王太子アリオンよ。言ったでしょう? 彼は平凡だけど誠実な人間よ。女を害したり、ましてや人殺しなんて望まない」

 アヴェーラは美玲に手を差し伸べる。

 少し前まで、親しく知っていた人と同じように長い腕、指。違うのは手入れされた美しい爪。

「召喚と違って、転送はどこでもできるわけじゃないわ。ほら、荷物も届いている。帰った時に困らないように。いい配慮でしょ?」

「荷物?」

 アヴェーラが振り返った扉のそばには、いつの間にか小さな包みが置かれていた。

 いつ置かれたのかわからないところが不気味だ。

「中身を確かめてみなさい」

「……」

 美玲は無言で包みを開いた。

「あっ!」

 そこには、美玲がリュストレーに召喚された時に着ていた服、つまりすみれホームヘルプサービスのスタッフ用の上着にエプロンがあった。それになんと、靴下や下着まで入っていたのだ。

 靴はいつも美玲が履いているから問題ない。

「あなたがここに送られてくると聞いて、持って来させたのよ。さぁ、着替えなさい」

「こ、ここで、ですか?」

 いくら同性でも、王妃様の前で裸になるのは抵抗がある。しかも、なかなか得体が知れない怖い人なのだ。

「ダメなの? 私あなたの裸になんて興味はないわ。でも、嫌なら、そっちの控え室でお着替えなさいな」

「わ、わかりました」

 ここまで周到に準備されているのなら、確かに根拠があるのだろう。

 美玲は多分召使い用の控え室で、全部元の服に着替えた。ありがたいことに、トイレもあったので生理的な用も足しておく。


 でも、このままでは私リュストレー様に、何も伝えないで行くことになってしまうのでは?

 私はどうして、また戻る(召喚してもらえる)こともできますよ、なんて安易に言っちゃったんだろう? 確かにそんな気は、なんとなくしていたけれど、なんの根拠もないのに。


「ミレイ! もうよろしくて? 出ていらっしゃい!」

 もうこうなっては逃げられない。

 美玲は腹を括って扉を開けた。

 少し先には王妃が立っていて、廊下の先へと進んでいく。こじんまりと美しい屋敷なのに、やはりどこにも召使いらしい姿は見られない。

 多分、美玲がいるから一層隠されているのだろう。

 しかし、リュストレーの屋敷と違って、ここには冷徹な雰囲気が漂っている。


 見守られている、というより、見張られているみたい……。


 突き当たりの階段を降りると、地下のようだった。

 ここでも少し廊下を進み、小さな扉を開けると、天井は高いが柱の他には何もない、暗く真四角な部屋があった。

 その床に、文字のような絵のような模様が、四角く区切られたような枠の中に彫りつけられている。小さい正方形もあれば、大きな長方形もある。

 それが中心に向けて、異例に放射状に並んでいる。

 枠の中に何が書いてあるのか美玲には読めない。

 が、感覚でわかる。


 これは、陣だ!


 ファンタジー小説でいう、魔法陣。

 しかし、よくある同心円のようなものではなく、四角い形が部屋の中央に向かって並ぶ、不思議な陣だった。

 中でも一番大きな長方形が三つ、百二十度間隔で刻まれているのが一番目立つ。

「ここは我々異能者にとっては神聖な場所。それぞれの四角い模様の一つ一つは、個を表している。そして彼らの思いが、王族にしかわからない古代語で示してある」

「古代語……そうですね。私がこの世界に来た時、同じような文字に包み込まれ、飲み込まれたような感じでした」

「そうね。だから私はこの場所に閉じ込められているのよ。異能を持つ先祖が葬られているこの場所に。逃げ出さないよう、特別な使用人──神官に見張られながらね」

「葬られて? つまりここはもしかして」

「ええそうよ。ここは霊廟。つまり」


 お墓か!


「小さな模様は、幼くして亡くなった方や、それほど大きな異能を持たなかった方のもの。一番大きなものは、転移の異能を持つ我らの血脈」

「大きなもの……目立つのは三つの長方形ですね」

「そう。その中で一番古いものは、七代前の王。こっちはライオネルの曽祖父の弟の一人。一番新しいものは、その人の娘で、転移の異能が顕現けんげんした初めての女性。でもこの人は、二十歳前に亡くなっている」

「その娘さん……お姫様ですよね。その方もここに軟禁されていたんですか?」

「ええ。でも、その人は一度は逃げたのよ。そして連れ戻された時には、身籠もっておられて、その時の子供が私の母よ。そして異能を持たない母にも自由はなかった」

「……え。つまり王妃様のお婆さま?」

「そういうことになる。だからここには何代にもわたって、転移異能者の嘆きや恨みが詰まっているの。だからここは忌み地。禁足の地。誰も近づかない」

「禁足!?」

 美玲は、はっとして床に彫りつけられた陣──紋様を見つめた。

 長方形の紋様。

 それは確かに人一人分の大きさだった。

 それが中央を向いて三人分。

 確かにここはお墓だった。


「さぁ」

 いつの間にか、アヴェーラは美玲の手を引いて部屋の中央に導いて行った。

「王妃様、私やっぱり一度、リュストレー様にお知らせしてから……あっ!」

 体がもうピクリとも動けなかった。


 まずい! うっかり流されてしまった!?


「おっ、王妃様! これは!?」

「心配しないで。言った通り、あなたを異界に戻してあげると言っているの。ここに眠る人たちは、私の願いを聞いてくれるのよ。私は長い間ここにいて、祈りをささげてきたから。これが私の異能。ほら、もう動けないでしょう? でも一瞬で、というわけには、さすがにいかないみたいね」

「う……しびれて」

「このまま、時間をかけてあなたは飲み込まれていく。どのくらい時間がかかるかは私にはわからない。でも、気がついた時には、あなたはニホンに帰っているはずよ。少なくとも、私の母の記述ではそうなっていた」

「王妃様の……母うえ?」

「あるわよ。私の祖母を身籠らせた男性は、異界の男で、祖母によって異界に戻らされたみたいだから」

「か、確証は?」

 美玲は最後の力を振り絞った。

「……さぁ。どうかしら?」


 ああ、これは詰みだ。

 人生終わった。


 絶望に美玲の体も心も蝕まれていく。


 私はもうあの人に会えないのかな?

 大好きな、ぎんいろをもつあの人に。

 違う……大好きなのはぎんいろではなくて……。


「リュストレー様!」

 その言葉を最後に、私の意識は急速に途切れていった。


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