第32話 王妃アヴェーラ 2

 あかん……。

 やっと状況を整理できたと思ったら、突然何を言い出すんだ、この人は。


 美玲はどっと椅子の背もたれに体を預けた。

 上質な家具の包まれ心地を楽しみたいが、今はそれどころではない。

「あなたが、私を、帰す……帰せるんですか?」

「ええ、私にも異能があるの」

「でも、異能は王家の人だけに出現……あ!」

 王妃はリュストレーと同じ、銀髪に銀の瞳を持つまさしく王家の人間だ。

「そう。私と夫ライオネルとは従弟いとこにあたるの。王家は昔はともかく、今は近親婚は避けているのだけれど、ライオネルの妃を探すにあたって、なかなか適切な人材が国の内外に見当たらず、さりとて緋熊から探すなどありえないでしょ? で、色々揉めたようだけど、結局私になったのよ。彼より八つ年上だけどね」

「……」

 この人の言い方には、いつもなにか含みがある、と美玲は感じている。

 もしかしたら、王妃になることは、最初から思惑通りだったのかもしれない。そう思えるほどに。

「だけど私は、いい王妃だったのよ。美しいし、頭だっていいし。この国では女が国政に大きく関わることはないけれど、いくつかの内政、外交の重要な指針に助言をしたのは私なの。特に税制改革の点では、功労者と言っていいくらいよ。富めるものから多く、貧しきものからは少なく、ただし確実に。という、政策の骨子を提言したのも私なんだもの」

 王妃は浮かされたように喋り続ける。

 美玲は彼女の虚栄心を満足させるように、適当な合槌を入れることにした。喋っている間は安全だろうし、とにかく情報を集めたかったのだ。

「ああ。よく知らないけれど、それって累進課税制度とかっていうものですね。日本にもありますよ」

「へぇ。やるじゃない、あなたの国も。今度リュスが書いたって言う、本を読むことにするわ。あなたが手伝ったのでしょう?」

「ええまぁ。斬新な設定にしたいとおっしゃられたので」

 リュス、というのはリュストレー様の愛称のことだろう。今までそんな呼び方をする人は見たことないけど。

「ああ、あの子らしいわねぇ。学問も武芸も優秀だけれど、いつも本筋から少し離れたところに興味の対象を持っていたわ。昔から変わった子だったのよ」

「お小さいうちから召喚……転移の能力を発動されたのですよね?」

「五歳ごろからかしら? でも、不思議なことに卓の上にあった哺乳瓶をいつの間にか持っていたりすることはあったと、乳母から聞いているわ」

「そ、そうなんですね……(すごいじゃないですか! リュストレー様、そんな幼い頃から)」

 美玲は落ち着くために、お茶をすすった。ついでに菓子も摘んだ。

 美味しかった。

「でも、私は心配だったのよ。いえ、異能のことではなく、短命だっていう定説の方が。そして、私にも女性王族にしては珍しく、異能があった」

「それって私が聞いてもいいんですか?」

 美玲はおそるおそる尋ねた。

「構わないわよ。私の異能──それは、いにしえの王家の能力者と意志が交わせること」

「ええっ! 死んだ人と話ができるんですか!?」

「正確には話ではなく、彼らがいまだに昇華しきれないでいる嘆きや、恨みを汲み取り、私の思いを彼らに伝えること」

「それでもすごい……」


 霊媒体質って言うのかな?


「でも実際は、通じあえるだけで、ほとんど何もできないの。ごくまれに政策への助言……いいか悪いか程度だけど、伝わる程度ね。そして私からは、自分の体を痛めつけて祈りを捧げ、リュスを連れていかないでくださいって願うだけ」

「……」

「だから私は、リュスを大事に大事に育てたの。将来王になる身なのだから、でもあの子は、王位になんか興味がなかった。自分の命にさえ」

「存じています。でもそれでリュストレー様は、生きながらえることができたのですよね? 異能を持つ方々は夭折ようせつしていらっしゃると伺いましたが、リュストレー様は現在二十八歳ですし」

「そう。だから私は考えた。あの子の血や力は、私が思うよりずっと強いのだと」

「……」

「だから、リュスはあの美貌、あの才能、あの性格なの。まさに王者よね。ライオネルと私との近親婚で、王家の血を濃く引き継ぎ、異能の力は大きくなった。その上に、私の異能によりご先祖から祝福を受け、短命という運命に打ち勝ったのよ。だから、、おかげでもある」

「はぁ……あなた様の」


 ものすごい自己肯定感だけど、あながち外れてもないかもしれないな。他に説明のつく理由がない。

 近親婚のことはよく知らないけど、日本でもいとこの婚姻は認められているし、血の濃さは時にすごい才能を引き出すことがあるって、読んだことある。


「だから、私はなんとしても、あの子を王にしたかったの。でも、ライオネルがだんだん私を遠ざけ始めたから」

「……」

 そうかもしれない、と美玲は思った。

 政治向きなことに口を出す、あねさん王妃なんて、普通なら煙たがられるだろう。


 あの王様だって、温厚そうだけど、決して頭悪そうには見えなかったもんね。

 政策のことだって、本当にこの人が助言したかどうかも怪しいし。独占欲も強そうだから、色々めんどくさくなったんじゃなかなぁ。

 第一、子孫繁栄のため、複数の妻を持つことが許される王族ならば、他の可愛いお姫様に情が移ることも大いにあるよね。


「結果。私は少々錯乱して、こんなところに押し込められたんだけども」

「案外冷静な自己分析ですね」

「まぁね。確かに、あの時はどうかしていたのよ。リュスに飛ばされて、頭が冷えたわ。今でも監禁されているとはいえ、第一王妃だけど」

「そうですね」

 美玲は窓の外を見る。真っ暗だ。

 だいぶ夜も更けただろう。この王妃も、以前のリュストレーと同じで昼夜逆転生活をしているのかもしれなかった。

「その後、ライオネルは隣国の中級貴族の娘を娶ってね。今まで誰も知らなかった娘なんだけど、その姫がアリオンを生んだってわけ。アリオンはライオネルの血を濃く引いて、いい子よね? 兄思いだし」

「さぁ、私はお会いしたことがないので……」

 美玲は用心深く答えた。

 アヴェーラ王妃が姫と呼ぶ、アリオン王太子の母、第二王妃がどうなったかは知らないが、少なくとも殺されたりはしていなだろうと、美玲は思った。

 もし、何か異常があったのなら、アリオン王太子は、アヴェーラに美玲を預けたりはしないだろうから。


 多分だけど……。


「何よその目。リュスが何を言ったか知らないけれど、私は今はまともよ。だから、こんなところに大人しく甘んじているんじゃない。誰も来ないから、退屈していたのよ。そしたらあなたが寄越された」

 アヴェーラは楽しそうに言った。

「……私は退屈凌ぎですか?」

 この時、美玲は初めて恐怖を感じた。

 異世界に落とされた時も、ユノに囚われた時も、ここまで怖くはなかったのに。

 

 逃げるわけにはいかない。逃げられないだろうけど。


「アヴェーラ王妃様。最後にお伺いしたいのですが、どうやって、私をニホンに返すんです? あなたの異能はどんなふうに作用するんですか?」


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