第31話 王妃アヴェーラ 1

 「は? ははって……はは? 母!?」

 美玲は間抜けのように、は、を繰り返したが、別に笑っているわけではない。

 唐突すぎ、意外すぎる展開に頭が追いついていかないのである。

 こう言う時は腹式呼吸である。自律神経をしずめるのだ。

「……」

 美玲は彫刻のような美女が佇む前で、目を閉じてラジオ体操のめのような深呼吸を三回行った。それからゆっくり目を開ける。

 美女はさっきと変わらず微笑んでいた。


 た、確かに似てる!

 というか、そっくりだわ。銀の髪、銀の瞳、目元に口元。

 なんですぐにわからなかったんだろう?

 でもだって、異世界の都にきたと思ったら、いきなり地下牢で、次はお屋敷で、目の前に美女だもん!

 ただでさえしょぼい、私の処理能力が追いつくわけない!


「ここはホールだから冷えるわ。どうぞ客間へいらして。ミレ」

「は……はい」

 美女に気を遣われ、美玲は申し訳ない気分でいっぱいになりながらも、おとなしく従った。


 でも、そういえば……?

 小さいとはいえ、綺麗で立派なお屋敷なのに、使用人の姿が見えない。

 これではまるで……。


「リュストレーは元気にやっているそうね?」

 案内された客間は暖かく、勧められて座った椅子の前には、たった今淹れられたようなお茶が用意されていた。

「あ、あの?」

「え? ああ、使用人はいるわよ。でも、呼ばない限り、出てこないように言ってあるの。だから私が出迎えたのよ。知らせをもらって」

「知らせ……じゃあ、私がここへくることをご存知だったのですか?」

「ええ、ついお昼間のことだけど。アリオンから遣いがきたの」

「その方は確か、リュストレー様の弟君……で、あなた様は母上様……で王妃様」

 偉い人の存在がどんどん出てきて、美玲は何から話し始めたらいいのか、そもそも話していいのかもわからない。

 深呼吸しても、混乱はなかなか治らない。

「私のことはアヴェーラと呼んでくださって結構よ」

「は……はぁ。でも、恐れ多いので、王妃様と呼ばせていただきます」

 美玲は用心深く、出された茶の匂いを嗅いだ。知らないところで出された飲み物で、えらい目にあったばかりだからである。

「大丈夫よ。アリオンはあなたを毒殺しろとか入ってないわ。眠り薬もないわよ」

「すみません……」

 美玲の危惧は見抜かれていたらしい。

「で、では、アリオン様からのお知らせは、どういった……?」

「リュスはしばらく手が離せないから、あなたを預かって欲しいって」

 

 ああ、これは間違いなく身内だわ。お母さんだわ。

 あの人のことを愛称で呼ぶとか、考えたことないもの。


「リュストレー様は、私がここにいることはご存知ないのですよね?」

「多分ね。アリオンも、王陛下も、あの子をなんとかして、公的な仕事に就かせようとしたがっているから、多分知らせてないんでしょう。でも、勘のいいあの子なら気がつくかもしれないけれど」

「……」

 リュストレーをあの子呼ばわりできるのも、母たるこの人だけだろうと美玲は思った。

 しかし、気になることがある。

 リュストレーが美玲に語った話では、この王妃は自分の息子に異常な愛着を示したのだ。息子が恐怖を覚えるほどに。

「ええ、そうよ。もし、あの子が気がついてもここへは来られない」

 王妃は口の端を吊り上げる。

「聞いているんでしょう? 私はあの子に間違ったことをしようとした。だからあの子は私のことが怖くてしようがないの。以来会いにきてくれない」

「……リュストレー様は驚きの余り、異能を発動したと」

「ええ。真冬の崖の上に転送されたけど、湖が見下ろせてね。星が映り込んで、それはそれは綺麗だったわ。あのまま死んでしまってもいいくらいに。でも飛び込むにはかなり距離があって、その辺を彷徨さまよっていたら見つかって。以来ここに軟禁されているの。私もあの子と同じくらい危険な人間だと思われたのね」

「つ、つまり」

 ようやく美玲の回転の悪い脳細胞が働き出す。

 

 1 王妃アヴェーラは、優秀で美麗な息子を愛するあまり、性的虐待を加えようとし(幸い未遂だった)、驚いた息子(リュストレー)は、異能が発露し、母親を危険な場所に転送してしまう。母親もその行動の異常性を問われ、ここに軟禁されている。


 2 王太子リュストレーは、そんな自分にも。自分の異能にもすっかり嫌気がさし、名誉ある死を望んで国境の戦に参戦するが、そこでも異能を発動してしまい、滅んだ村や部下の負傷に罪悪感を募らせ、自ら廃嫡してもらい、郊外に引きこもる。


 3 すっかり偏屈になった元王太子が、ひま潰し(ごめん)に物語を書いて、決めたヒロインの名前をうっかり読んで、私が召喚される。色々悶着ありつつも意気投合。物語完成。向かえにきたユノと共に都へ向かう。


 4 リュストレー様が執着する私の存在は、彼が望まない王宮──つまり政治と権力の世界に引き戻すのに邪魔だった。そこで、王弟の命令を受けたユノの策略で地下牢へ。そこで再び移送されて、着いた先がなんでか、リュストレー様の母上のお屋敷(イマココ!)


「王妃様はやっぱり、最初から私のことご存知だったんですか?」

「正確にはつい最近よ。ユノが言っていたでしょう? あの子の屋敷には、最初から目付け役が入っていた。それはあの子も知っていたはず。自分が勝手に王太子を降りた以上、そこは我慢の落とし所だと思っていたんでしょうね」

 王妃は優雅にお茶を飲み、再び美玲に勧めた。美玲も、もう腹を括って、少し冷めたお茶を飲み干す。

 この茶葉も匂いが良くて美味しい。


「で、なんで私はここにいるんですか?」

「だって、あなたは元の世界に帰りたいんでしょう?」

「ええそうです。諸事情でそんなに日本に未練はありませんが、一旦は帰って処理をしなくてはいけないことがあるのです。私は労働者で、少しばかりは責任がありますから」

「そう? 私はあなたの世界に興味はないけれど、あの子もそう約束したのよね?」

「ええ。リュストレー様は、帰還方法を探すと約束してくださいました」

 リュストレーに求婚されたことは、言わないでおこうと美玲は思った。この人は息子を溺愛していたのだろうし、言ったら私も何をされるかわからない。

「きっと今も探してくれていると思います」

「そう……だったら私があなたを返してあげましょう」

 王妃は再び嫣然と微笑んだ。



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