第28話 私なに悪いことしましたか!?
「ユノさん!? 何があったんですか? ここはどこなんです!?」
気分が悪いのを
ユノはいつもの柔和な笑顔を浮かべている。
ただし、その目は笑っていない。
「なにも、ミレ様。あなたをリュストレー様から、ひいてはこちらの世界から隔離しただけですよ」
「か、かくり……って隔離? なんでそんなこと! 私が何をしたっていうんです?」
「申し訳ございません。ミレ様は何もしておられません。ただ、あなた様がおられると困るのです」
「もしかして……食事に薬を盛りました?」
まだふらつく頭を支えながら、美玲はユノを睨みつけた。
「ええ。あなたがいると、リュストレー様がいつまでたっても王宮に戻られない。本を書き上げたことを口実に、せっかくここまで引っ張り出せたというのに、父上や弟君にも会われないとおっしゃる」
「それって、私のせいですか!? 彼の判断でしょう? それに私は、突然こちらに呼び出された被害者です!」
「そうかもしれません。しかしリュストレー様は、あなたに非常に執着を持っておられます。それに、あなたの持つ異界の情報は、この世界に良いものをもたらすとは思えません。むしろ危険でさえある」
「でもそれは、リュストレー様の書かれた物語の中で展開されているだけです。私自身が自分の知識を利用して、こちらの世界に何かしようとは、少しも思っていません。そんな技術もありません」
美玲は、次第に湧き上がる恐怖を抑えながら言い募った。
「ええ。あなたのいうのはきっと真実でしょう。ですが、いつまでも隠しおおせるものではない。万が一リュストレー様が王宮に戻られたら、きっとあなたが一緒でないと嫌だと、わがままを言われるでしょうから」
「そんなことはないと思いますけど。私、庶民の身よりもない女だし」
お互いに好きだとは言いあった。
ただ恋愛経験がほとんどない美玲には、リュストレーのことを、男として心からの愛を捧げているかといえば、まだそこまでの自信はない。
彼のことを放って置けない人間で、可愛くて、寄り添っていたいと思っている。それが男女の愛というのか、わからないだけで。
しかし、そのことがこの男にバレてはいけない。
それだけは美玲にもわかった。
「今は私が物珍しいから、そばに置いているだけですよ」
「さぁ、それはどうでしょうね。あの方は、今まで自分が短命だと諦めていたこともあって、何事にも、自分の命にさえ頓着しない人でした。しかし、あなたを見る目は明らかに違います。士官学校で寝起きを共にし、軍隊では副官だった私にはわかるのです」
「そうですか……で、私は、一生ここに閉じ込められるんですかね?」
なんとか平静を装って、美玲はユノを睨みつける。
「申し訳ありませんが、あなたは現在軟禁の身の上です。もし、おとなしくなさってくれるようでしたら、こんな牢屋ではなく、どこかに移っていただいて、もう少し自由を差し上げてもいいのですが、当面はこのままここで、ご辛抱願います。あなたのことは現在、上層部で検討中なのです」
「そんな! こんな狭い、窓もないところ嫌です! 大人しくしてますから出してください!」
そこで美玲の気力は尽きた。
ユノの顔がぐにゃりと歪んだ。扉の窓の格子を掴んでいた指の力が張らなくなる。
やばい。
普段から薬なんて飲まないから、めっちゃ効いてる、ふらつく。
てか、この人が敵だったなんて全然気がつかなかった。
不覚だった!
「おや、辛そうですね。結構長く効くでしょうその薬。でも害はありませんよ。ただの眠り薬です。でも転んで怪我をしてもいけませんから、寝台に腰をかけてくださいな。その水は大丈夫です、何も入ってないただの水ですから」
晴れやかなユノの声が、冷酷に響く。
「りゅ……リュストレー様は今……どこに?」
美玲は言われた通り、腰を下ろした。薬の持続効果と、今聞いたことのおかげで、どんどん気分が悪くなる。吐き気さえ催してきた。
「今頃は、お父君とご対峙されている頃かと。リュストレー様は拒否されましたが、私が密かに渡りをつけましたからね」
「なるほど、彼のことも騙したのですね……全て計画通りってわけですか」
「王陛下は、リュストレー様をこの上なく愛しておられるのです。郊外のあの屋敷にも実は王陛下の手の者がいるくらいで。執事は、もしかしたら気づいているかもですが」
「セバスティンさん……」
しかし、彼が気がついたところで、どうしようもなかっただろう。
セバスティンは一介の執事に過ぎないし、もし国王の配下が使用人に紛れ込んでいるとしても、リュストレーに害意がない以上、黙認するしかない。もちろんリュストレーに告げるわけにもいかない。
「この辺りが限界でした。あなたの出現がきっかけとなったのです。ミレ様はこの世界のいわゆる異分子。それはリュストレー様にとっても同じなのです。あの方はこの国になくてはならないお方。王太子に復帰することは難しくても、アリオン様を補佐して、この国の舵取りに手腕を発揮し、何よりあの優秀な後継者を設けなくてならないお方。なのに、あなたのような異分子に執着されておられる……」
ここで初めてユノの顔に危険な色が浮かんだ。
「そんなことは許されないのだ!」
「でもきっと、リュストレー様は私を探されると思います」
「それも問題はない。お前の知るところではない」
「あら、ついに呼び方まで様づけから、お前になりましたか。あなたの人柄がわかりますねぇ」
「おとなしくしてくれたら、命まで取ることはしない。諦めろ」
「……言い方から察するにリュストレー様は、まだこのことを知らないようね。私をどうするつもり?」
敬意には感謝でもって返し、侮蔑には毅然と対抗し、タメ口にはタメ口をだ。美玲はそう決めている。
「簡単さ。御用学者に申し付けて、お前を元の世界に帰したと言えばいいのだ」
「……あんたの計画、うまくいくといいね」
美玲は寝台にへたり込み、それでも顔だけは上げてユノを見据えた。
「無論うまくいく。お前は当分そのままだ」
そう言って、ユノは扉の前から去った。
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