第11話 魔公爵は設定にお悩み
「な……に? 私が軍人? ミレ、一体なにを根拠に、そんなことを」
「いやその……私は平和な日本国民なので、そういう方面は素人なんですけど。この作品……物語というより、なんというか……えっとそうだ! これ、進軍記録ですよね?」
「……なに?」
「だから、物語としてはちょっとアレだけど、記録としては興味深いし面白いです。リュストレー様、あなた実は軍人というか、もしかして指揮官として戦を率いたのではないですか?」
あまり顔色の良くない整った容貌に、豊かに流れる銀紗の髪(手入れはイマイチ)で長身痩躯。古ぼけたインクのシミ付きのどっしりガウン。
およそ軍人という、凛々しくストイックな言葉からは、想像もできない姿形なのだが。
「……そなた、
「艦長? いや間諜か? って、スパイじゃん! だから違いますって! 私は本当にただの勤労少女です! でも昔、私の国でも大きな戦争があって、父方の実家で、曾祖父が南方で戦った時の日記を読んだことあるんですよ。今は落ちぶれたけど、昔はちょっといい家で、曾祖父も士官だったらしくて。その時の記述によく似ています。日付、天候、進軍距離に地形に、糧食の分配がどうとか書いてあったんです」
「……」
「この国でも少し前に戦争があったんですか?」
「あった……だが大きな戦ではない。ただ一方的に、北方国境に攻め入った北の隣国軍の鎮圧に駆り出されただけだ。王家のお飾りの将として」
「それって立派な戦争じゃないですか! 立派な戦争っていうのもダメな言い方ですけども!」
「……そうだ。戦は立派なものなどではない。そして私は失敗した」
「でも、この記録をざっと読んだ限りでは、この国の側の勝利じゃないですか。ひょっとして、リュストレー様が指揮して勝利に導かれ……」
「違う! 私は負けた! いろいろ判断を誤って負けた! 私はただの負け犬なんだ! ただの……」
少なからず美玲は驚いている。この二十四時間驚きっぱなしだが、異世界に来て一番長く話した人の思わぬ豹変ぶりに、今までとは違う驚きを感じた。
利己的で偉そうで感情の波の少ない人が、こんなに自分を責めるんだ……。
いったいこの人に何が起きたんだろう。
だけど、今は──。
髪を乱したリュストレーは、机上に両手をついて唇を噛み締めている。
「リュストレー様」
美玲は背中に手のひらを当てた。以前、パニックを起こした子どもにそうすることで落ち着かせたことがある。
しばらくそうしていると、背中の
「美玲……」
声は弱々しかった。
「はい」
「私はだめだ……力を尽くしてみてもだめだったんだ……だが、私以外の者は勇敢に戦った。私は負けたが軍は勝った。だから、その者たちのために、あの惨めだった戦争を立派な華々しい物語にしようかと思ったんだ」
「立派なお心じゃないですか」
「立派……そう思ってくれるのか?」
「事実を知らないから言えることですけど。かなり脚色したんですか?」
美玲はわざと事務的に言った。
感情的になった人間に具体的な問いを投げかけることで、現実に引き戻せる場合があることを知っている。美玲がヘルパー経験で培ったスキルの一つだ。
「脚色? 脚色というか……あまりに具体的だと私がしんどいので、国も時代も架空のものにして書いてみたのだが、これがなかなか視点が定まらず……」
案の定、リュストレーは職業的(?)な顔に戻っている。
いける!
と美玲は思った。
デリケートなクリエイターが落ち込むとロクなことはない。作品の課題に集中させることが肝要だ。
「この下書き、誰かに見せましたか?」
「いや。英雄譚にしたかったんだが、自分でもだめだと思ったからお蔵入りにした」
「戦争の英雄なんて、平和な時代から見たら危険人物ですよ」
「その通りである。だから思い切って、こんな戦の話ではなく、もっと空想的な奇想天外な話にしようと思った」
「上等じゃないですか! なんで出版しないんです? 伝手くらいあるでしょ」
「ある……が、色々事情があって……」
リュストレーの歯切れは悪い。
「すみません。私、余計なこと喋りすぎですよね。じゃあ、私はもう行きますから、リュストレー様はもうお休みください」
「だめだ。なぜ行く?
「だって、昨夜からずっと眠ってないのでしょう? 昼間は寝ていらっしゃると聞いていますし」
「少しぐらいの不眠など、どうと言うことはない。これでも
「え〜……」
美玲は、胡散臭そうにリュストレーを眺めた。
陽に当たらないから顔色は悪いし、骨格は立派だけど痩せてるし、偏食だし、人間嫌いだし、頑健というにはほど遠い。
「私の話はいいから、もう少しそなたの国の話を聞かせよ、ミレ」
「はぁ、わかりました。でも、私の世界に戻れる方法も探してくださいね」
「……わかっている」
ということで、美玲は自分の住む、令和の世の中のことを話して聞かせた。それは未成年の美玲でも話せる一般的な話で、日本の政治形態や日常生活のことだ。
リュストレーは興味深く聞き、時々質問してはメモを取っていた。
「なるほど。ニホンとはなかなか複雑な世界のようだが、概念としては認識できる。これは面白いものが書けそうだ。前半部分は、そなたの世界が舞台だな。なんだか色々湧いてきたぞ! よし!」
リュストレーは猛然と机に向かって執筆を始めた。強めの筆圧の音だけが一時部屋を満たした。
「うん、少しはマシなものが書けそうだ」
「くれぐれも、私を聖女なんかにしないでくださいよ」
「ああ。そなたは聖女のイメージからはかけ離れているからな。やめた」
リュストレーはようやく美玲に向き直っていった。口調が元に戻っている。そのことになぜか美玲はほっとした。
「それ、明らかに悪口ですよね」
「事実を述べている。介護の仕事について、もう少し詳しく聞かせよ。子どもの場合はどうする」
さっきは可愛らしくしょげていたのにさ。すっかり元の偉そうなお貴族様に戻っちゃってる。
ちょっと毒舌な方がこの人らしくていいかも。けど、イケメンってどんな顔してても、サマになるのねぇ。
公爵は熱心に質問し、それに真面目くさって答える美玲は、いつの間にかすっかり楽しくなっていた。
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本日、もう1話更新予定です!
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