神の法・人の法④

「「「おはようございます。」」」


 孤児院の朝は早い。朝の礼拝があり、それから朝食だ。

 花音教にとって朝日は吉兆であり、極力日の出を拝むのが良いとされている。

 というのは、農耕社会に適応したがゆえの教義だろう。


 農作業は朝早いし、日が沈んだらすることが無かったのだ。

 博士は火の魔術で夜でも本が読める。魔術を使えずとも金を積めば一応可能だ。


 さて、俺はと言うと、昨日ベルントに言われたことが気がかりでよく眠れなかった。

 つまり目覚めは最悪。しかし、記憶喪失が嘘みたいに朝の礼拝の祝詞は出てくるんだから、びっくりだ。女神の声を聴けているのでは?と疑ってしまいそうだ。


「さて皆さん。毎朝言われていて耳が痛いでしょうが、孤児院の礼拝堂は防音が完璧ですからいいですけど、外に出たら音は漏れてしまいます。良いですね。防音結界を過信なさらないように。」


 ほう。子どもを朝早くに起こすのだからそれくらいはやるよなあ。ん?魔力?この防音結界は魔力を流すだけでできているのか、それとも司祭クラスは覚えこまされるのか。

 みんながみんな魔力を持っているわけでもないから、どうやって汎用性を確保してるんだろう。ちょっと気になってしまった。


 思索にふけったのはそこまで短時間じゃなかったのだが、神父の言葉はまだ続いていた。

 話が長いタイプだったから内容は忘れちまったよ。


「あー。終わった。」


 子どもはそんなものだ。教義のすばらしさに気付くことなどない。

 子どもにも分かるのは、大人の本気度だけだ。そしてこの神父の信仰はガチだ。

 俺に手を出したりしないだろう。


「ああ、カスパル君いいところに。」


「え?なにかありましたか?」


「ああ、いえ君、多分魔力多いですよね。ちょっと聖花に魔力を注いでほしいのです。」


「分かりました。」


 案内されるがままついていき、言われるがまま魔力を注いだ。

 これ多分、結界の電池のようなものだ。ここに魔力を注ぐと貯めておけるのか。

 いや、魔力の貯蔵ってたしか難しかったはずなんだけどなあ。

 まあ詳しすぎても過去が透けてくるから黙っておこう。

 喋らんでいいことをしゃべると、ろくなことが無い。


「ここに魔力を注ぐのか。」


 聖花と呼ばれた石造りの花の置物は、魔道具とでもいうべき代物だ。

 俺の魔力に反応して、大理石の白色からオレンジ色へと色が変わってゆく。

 茎に相当する部分で、波長の調整を行っているのだろうか?少し引っかかる感じがする。

 無理に押し込むと壊れる危険があるからやらないが、この仕組みによって誰の魔力でも稼働する構造にしているのだろう。

 聖花が鮮やかなオレンジ色になったところで魔力を注ぐのをやめた。


「おおう、たくさん注いでくれましたね。ぼくは少し魔力に乏しいところがあるので助かります。では、奇跡の講義の時間に移りましょうか?」


 司祭はそう言うと、俺を別室に連れて行った。

 部屋には既に3人の子どもがいた。名前は知らない。


「では奇跡の講義を始めます。今日から生徒に加わります。ゲオルグ君です。」


 軽い自己紹介を済ませて、俺はそそくさと席に着く。いや、俺に拒否権ないんかい。

 せめて話を先にしてからことを勧めてほしいな。まあこの神父さん、多分そういうの苦手な方なんだろうけど。


「さて、難しいことは朝のうちにやるに限ります。と言うことで、今回は奇跡のお勉強です。」


 奇跡?魔法のことかな。

 まあ、あえて魔法と言うと怒られそうだから、何も言わないけど。


「皆さんに覚えていただくのは矛盾しているカノン法霊の調和コンコルディア・ディスコルダンティウム・カノーヌムです。」


 講義は続く。


「これは古の大司祭、グラーティアヌスがまとめた教会法令が奇跡となったものです。実際にお見せしましょう。」

 そう言うと司祭は「奇跡」を使って見せた。使


「どうです?教室がまるで礼拝堂のようでしょう?」


 現れたのはここの孤児院に併設されている礼拝堂だ。

 いや、実際は孤児院の方が教会に併設されてるんだった。


「「「「すごいー!」」」」


 いまさらこれだけでは感慨はない。どちらかと言うとこの法域内の効果に興味がある。


「これは調和を重んじる奇跡です。この奇跡の内側にあって調和を乱すものがあれば、」


 そう言うとリンゴをどこからか取り出し、空中に放り投げた。あまり美味しくなさそうだ。だから実験に使うのだろうけど。


「こうなります。」


 ジュッ!!

 リンゴの表面が焼けた。でも火力はそこまでかな。

 あぶられたことで甘い香りが広がる。


「これは司祭であれば一応使えるようにしておいてください。エクソシストはもちろん必須です。」


 まあ、僕はこの辺り苦手ですけどこのくらいはできないと厳しいですね、と司祭はお茶目にはにかんだ。


「神父様、司祭はとおっしゃいますが、司教様も教皇猊下もお使いに慣れるんですか?」


 いい質問だ。名無しの孤児A。

 講義冒頭で名前だけ名乗ってもらった気がするけど、覚えてないのだ。


「ええ。当然です。聖職にある者はこれらの奇跡が使えることを求められます。これも昔話になってしまいますが、教会の腐敗がひどかったときは金で地位を買う者も後を絶たなかったんですよ。それを防ぐために、奇跡の使えない者には、役職を与えないようになったんです。」


 腐敗が昔のことならいいんだけどねえ。

 しかし、この魔法。俺と相性がいいのかもしれない。いち早く覚えたいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る