イェーガー家傷害事件④
血と肉の武闘は終わりを告げたが、それは小休止にすぎない。
血と肉の舞踏が始まる。
「え? 死んだはずじゃあ?」
アロイスが素っ頓狂な声を上げている。
「どうだい、殴られるのは。これが愛というものだよ。まあ君の言うところのね? 嬉しいだろう。人から「愛される」のは?」
足音が増えた。先生の魔術によって黒曜の巨人がもう一体増えたらしい。
「ひい、やめてくれ。掴まないでくれ。」
羽交い絞めにしたようだな。衝撃を逃がしにくくなったところで、またタコ殴りにするのか。最高のショーだと思わないか?
だが、残念。俺は見ることができない。
いつのまにやら現れた白亜の女神像が僕の肩に手を置いているのだ。
4対8枚の花弁を翼のように生やし、俺の視界を奪う。
黒曜の巨人は
どうやら魔術で作った鉱物と自然にできる鉱物は区別されるらしい。玄武岩とも流紋岩とも性質が違うから当然だけど、もっと分かりやすい名前にしてほしいよね。
コツン。と頭に何かが落ちてきた。うわ、あいつの歯だ。汚い。
ちょっと油断してたな。石像によるアッパーカットが綺麗に入りここまで飛んで来たのだろう。
悲鳴が途絶えたところで、歯は煙になって消えていく。
「どうかね。これでもまだ、暴力は必要と思うかね?」
「お、思いません。思いません。私が悪かったんです。もうやめてください。ごめんなさい。」
「ちらりと、ちらりと痣が見えてしまったんだよ。奥さんの体にね。お子さんの腕にもあったよね。止めに入ったお子さんも殴ったんじゃないのかい?」
「いや、ちがうん!そんなつもりじゃ、なかったんです」
音からすると
まあ、「ここでは死ねない」んだけど。
「いやいや、「君は殴るのをやめてくれ」という懇願を聞き入れなかったのではないかね。痣も服で隠しやすい位置が多いんじゃないかな?痣はまだあるのだろう?」
「いいえ、私は、う、その。」
「今、嘘をついたね。このぼくに。やれやれ、分かってもらえないか。では、3体目だ。今度は鉄の鎖を持っているよ。」
「やだやだ。死にたくない。ごめんなさい。」
「大丈夫だ、その心配はないよ。死ぬことだけは絶対にない。だからこの魔法は最近まで拷問用の魔法として使われていたんだ。今でもどこかで使われているかもしれないけどね。」
そう言うと先生はパイプを取り出して紫煙を燻らせた。煙が濃ゆく上る。
ばちーん、という音が鳴った。鎖を鞭として使っているのだろう。文字通りのご鞭撻ってことらしい。
難しい言葉を知っているだろう?これも先生に教わったんだ。いいでしょ。
「おっと、重要なことを忘れていた。奥さんが殴られる前に、とっさに言う言葉は何だい。教えてくれないだろうか?いつも君が殴る前に何と言っていた?」
「う、う、「ごめんなさい。」です。」
「そうかそうか、ではその像が拳を振り上げる度に、君は「ごめんなさい。」というんだ。」
「はい、分かりました。う、ごめんなさい。」
その像は少し間をおいて、アロイスに拳を叩き込んだ。
「ぐおおおおおお。ぐえ、かはっ、なんで。」
「ん?君は「ごめんなさい」と言う妻に拳を振ったのだろう?その像もそうしただけだよ。」
「そんな、約束がちが」
「ほら、その像は既に拳を振り上げてるぞ。」
ばちーん。
「ぎやあああああああああああああ!ぐほお。」
言わなかった場合は鎖の鞭打ちと鉄拳が両方で行くんだ。良い趣味してる。
「おっと、気絶してしまったか。たしかに鞭は強力すぎるか。だが、あれは私の精神衛生上もよくないしな。いや、我慢の時だろう。」
独り言が大きくなるということはアレか・・・。さすがの僕も同情を禁じえないな。
「先生、あれは俺にも効くのでやめてください。」
女神像越しの会話。男ならみんな効く。ただそれを想像するだけで。
「おお、そうだったな。失敬失敬。分かりやすく拳で語ることにしよう。」
「は?ああ、ごめんなさい。ぐぉえ。かはっ。ぼべんなざ」
ばちーん。
殴る像は2体、鞭打ちが1体だ。
1体に謝れても、もう1体目には「ごめんなさい」が間に合わないか。
まあ、そうなるよね。
結局、血湧き肉躍る宴は、12ラウンドで終了した。
なお、石板が12枚であることとは関係ないらしい。
「さて、そろそろ石板を崩そう。外部では1秒にも満たない時間が過ぎ去っているだけだ。さて、帰ろう。」
「はい、先生。しかし悪趣味な魔法ですよね。」
「ああ、全くだな。個人の生殺与奪を思うがままにする。実に悪趣味な魔法だよ。」
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