神の法・人の法⑧

 今日は大司教。カタカナで言うところのアークビショップが来る日だ。

 俺は訓練に訓練を重ね、子どもっぽい振舞いを覚えた。


「おお、君が奇跡の子か。私も鼻が高いよ。こんな奇跡に巡り合えるなんてね。」


 おい、こいつ今鼻が高いっていったか?しれっと俺を出世競争の道具に使ってないか?

 大司教のケルビーノ。出世欲旺盛な生臭坊主で大司教の座に満足せず、枢機卿。あるいはさらに頂点の教華響の座も狙っているのかもしれない。

 しかし、「中身より外側!!」って感じがして嫌だな。


「はい。ぼくもだいしきょーさまとお話できて光栄しごくです。」


 こういうやつには外面を取り繕っておくのがいい。

 でも、あいつの腐り切った内面は、脂となって表面に外出している。こんなのが教会の顔になっていいのだろうか?肖像画だけ出しておけばいい立場でもないのに。

 これはおれの偏見なのだろうか。こういう情報が無ければ、好々爺に見えるのだろうか。


「おお、その年でもうそんな言葉遣いを覚えているのか。これはますます奇跡の子じゃないか。」


 だめだこいつ、奇跡の子属性を探す教の狂信者になっている。どう振舞っても凄いしか言わない気がしてきた。……ただし、こいつの権威を否定しない限りか。自分に仇をなしうると分かれば手のひらを反すタイプだろう。信用はしないでおこう。


「はい。とても利発で、教会法もすらすら覚えていくんです。グラーティアヌス教霊集なんか特にスラスラと。将来は大司教にもなれるのではないかと愚考しております。」


 アントニオさんも乗せるのが上手い。


「はっはっは。いやいやどうだろうか、これだけの将来性、枢機卿も夢ではないだろう。私も若いころは勉学に励んだものだ。」


 こいつ少なくとも枢機卿にはなりたいのだな。欲望が駄々洩れだ。

 俺に言及するときも、俺じゃなくて自分を見ている。


「ではこの辺りで。」


 セレモニー的なのは10分程度で終わった。

 大司教はアントニオ神父と打ち合わせがあるようだ。

 まったくこの10分のために予定をキャンセルさせておこうなどと、お偉いさんは全くいいご身分だな。


「お、ゲオルグ、大司教とのお話も終わりか?」


「ああ、ベルント。出かけたんじゃなかったのか?」


「うん。だって大司教、事件の日からひっきりなしにこの教会に来てるんだぜ?なんかそりゃ気になるだろう。」


 俺はきっと悪い奴なのだろう。好奇心猫を殺す。どこかの島国の諺らしい。この諺を知っていながら、俺は悪魔のささやきを試みた。


「ああ、今、司祭と大司祭は二人きりで話してるぜ?もしかするともしかするかもな?」


 法諺が法源でないように、諺もまた規範ではない。

 俺ならまだしもベルントならどうということはあるまい。そう確信した。


「え?マジかよ。俺、盗み聞きしようかな。場所はどこだ?」


 引っかかった。俺の耳になってくれ。


「ああ、倉庫だな。」


「ん?と言うことは事件現場か。これは面白いことになりそうだ。」


 待てベルント。お前もたいがい悪魔だな。俺もどうにかして盗み聞きしたい。

 殺人現場は模様替えの結果、倉庫になっている。


「俺いい場所知ってるぜ。」


 この賭けは乗るしかないだろう。

 二人でいれば、言い訳についてもなんとかなるだろうか。

 ベルントにそそのかされたことにしよう。


「こっちだぜ。」


 ベルントはまず地下墓地への入り口に俺を連れてきた。


「俺も偶然見つけたんだけどね、この修道院にもカタコンベと言われる墓があったんだ。」


 併設の孤児院の床下になんであるんだよと思うが、あるところに建てたんだろうなあ。


「こんなところが。」


 床板を一枚引っぺがして、秘密の階段を露わにする。

 これから秘密会談を盗み聞きに行くんですけどね。


「しかし埃っぽいな。ベルント、なんで掃除しておかないの?」


「すみません。先輩。ここまでは手が回らなくて。」


 大丈夫かな。

 彼の場合、本当に先輩後輩関係を間違えてる可能性があるから怖い。


「あ、ここ。」


「し!」


 部屋の床下に来た。会話は聞こえない。しかし、魔力反応はしている。でも量が多いな。臭くても大司教か?実力はあるらしい。

 しばらくじっとしていると、声が聞こえてくるようになった。


「しかし、アントニオ神父もなかなかのやり手よの。」


「いえ、大司教のためならば、これしきのこと。」


「大司教の椅子の間違いだろう。どいつもこいつもこの椅子欲しさに狂うのよ。アゼリオも、焦らなければあんなことにはならなかったのにな。」


「思い出されますか?」


「ああ、愛していたのだ。分かるか、君に対するものと同じだよアントニオ神父。それをアゼリオは裏切ったのだ。」


「ええ、裏切りは良くありません。私は決して裏切りません。」


「そうか、ならば忠誠を示すがよい。そこに跪け。」


 冗談で言ってたベルントも言葉を失っている。

 男色は教会における禁忌だ。それは徒花を約束するから。

 ゆえに花の女神はこれを禁じた。


「ええ、耐えるのですよ。アントニオ。」


 床に司祭の顔が近づいたときアントニオ神父の苦悶の声が聞こえた。

 か細い声だった。どうやら同意の上ではないらしい……。


「な、何をしてるんだ!!やめろお!!」


 声を上げたのはベルント。

 緊張のためか若干上ずっているが、我慢できなかったらしい。

 お前、状況分かってんのか!?


 よくやった!それ以外に言葉が見つからない!


 床板を破って俺たちは突入した。

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