神の法・人の法⑨

「なんだ貴様、って奇跡の子!何たる無礼か?」


 動転しているようだ。よかったアントニオ神父は無事だ。

 まだコトは始まっていなかったようだ。


「発情期のネコみたいだぜ、おっさん。」


「え?」


 とりあえず一発、頬をぶん殴る。

 まさか殴られるなんて思っていなかったのだろう。


「ぐはああああああ!!」


 きりもみ回転して飛んでいく。


「聞こえなかったか?発情期のネコみたいって言ったんだよ。」


 ベルントがアントニオ神父を起こしに行く。

 ぐぬぬ、と言いながらケルビーノは立ち上がる。

 追撃しておこう。


「あいつら人間が近づくとびっくりして逃げ去るんだ。恨めし気な鳴き声だけ残してな。」


「おのれ馬鹿にしよってからに、小童ども。ゆるさん。お前らは地獄に落としてやるからな。」


「それは教華響だけに認められた特権だよね。どの面下げて成り上がるつもりなんだ?」


「貴様、無礼だぞ。貴様、ええい、名前は何だ?名乗れ!」


「はー。一応ここ、お前が管轄する教区なんだろ?孤児の名前くらい覚えておけよ。」


 とか煽っているが、こいつ意外と隙が無い。武闘派なのか?腹が出て、脂ぎってはいるが、徒手格闘のイロハくらいは覚えがありそうだ。体格差体重差を踏まえると不利かな?


「木っ端ミジンコの名などいちいち覚えておらぬは。許さぬ。手ずから地獄に送ってやるわ。」


 殺人?違法でない宗教があるとでも?言うに及ばない。本当に聖職者なのか?

 後ろでベルントとアントニオ神父が大勢を立て直したようだ。


「信徒同士の殺し合いを推奨してましたっけ?」


「黙れ邪信徒、まずは波紋だ!【聖なる花園アジール】!」


 破門?お前にそんな大層な権限があるか?


「まずい、ゲオルグ君。それは奇跡です。投降してください。この場も誰も大司教には勝てません。」


 え?アントニオ司祭、そっち側なの?

 奇跡、と言うことは博士の言う法域だ。これをよく見る。

 四方を教会の敷地の中。うららかな日差しが教会施設を照らし、安心感を醸し出す外観をしている。およそ戦場からは最もかけ離れた平和な世界だ。


「どうかお許しください。大司教猊下。彼らはまだ子供なのです。」


 アントニオ神父は土下座までし始めた。


「ダメだ許さん。この私を愚弄した罪、万死に値する。小僧、動くなよ?動けば黒焦げになるからな。」


 下卑た笑みを浮かべながら、ケルビーノは言い放つ。


「でも俺だけは攻撃できるのさ【怒鑼吟ドラゴン】!」


 どこからか銅鑼が現れ、鳴らすかのような幻影が現れる。音響攻撃魔法か?聞かない方が良さそうだ。


「ああ、ご慈悲を、ご慈悲を!!」


 アントニオ神父の悲鳴が響く。ん?それにしてもよく音が響くなこの空間。


「【ファイアーボール】!」


 未完成だが打つしかあるまい。こぶし大の【ファイアーボール】。

 それは奴と俺の中間で爆ぜた。爆風は【怒鑼吟ドラゴン】とやらを押し退けた。


「あぶね!」「おわ!」「うわ!」


 金属片が飛び回る。完成度は欠片も上がってない。

 練習する暇なんてなかったからな。


「馬鹿が!勝手に動いて無事で済むと思うなよ。ここは聖域の中なのだからな。」


 ケルビーノが叫ぶ。嫌な予感、さっと跳び退く。

 刹那、目の前で魔力の収束。危ねえ!あの魔力量焼け死んでいたぞ。


「なに?奇跡をかいくぐっただと、小癪な。」


 どういう原理だ?勘で避けたから避けられたけど、なんであの爆発が生じたのか、そしてなぜ跳び退いただけで無事なのか分からない。が、【矛盾しているカノン法霊の調和コンコルディア・ディスコルダンティウム・カノーヌム】に似ている。これが活路だろう。思考を止めるな。


「ああ、忌々しいガキだ!【怒鑼吟ドラゴン】、【怒鑼吟ドラゴン】、【怒鑼吟ドラゴン】、【怒鑼吟ドラゴン】」


「【ファイアーボール】!【ファイアーボール】!【ファイアーボール】!【ファイアーボール】!」


 魔術の応酬。

 しかし、俺は法域由来の魔力収束攻撃も回避しなければならない。じり貧だな。


「うわあ!」


 ベルントに俺の【ファイアーボール】の金属片が被弾したらしい。右腕から血が出ている。動脈を切ったのか、勢いよく血が噴き出している。


「ははは、いい汗をかいているじゃないか。だが抵抗を続けていいのか?そこのアホ面はもう限界のようだぞ。」


「ゲオルグ、俺のことは気にしないで。」


「ベルント君、すぐに治療します。」


「おい、アントニオ、この奇跡の中で、勝手な魔力使用は禁止だぞ。」


 治療のため駆け寄ったアントニオ神父に魔力が収束する。


「ぐああああああああああああああ!!」


「「アントニオ神父!!」」


 アントニオ神父の右腕が黒焦げになる。


「よそ見をしている場合か、クソガキが!」


「ぶげ!」


 クソ、デブのパンチは重い左頬にクリーンヒットした。脳が揺れるな。

 それに口が切れて血が出た。血の味が気持ち悪い。

 思わず倒れこんだところに蹴りを一発もらう。これはもっと重い。


「おい、アントニオ、順番が逆ではないのかね?まずは私の打たれた頬を治療するのが筋だろう。私は大司教だぞ。だからお前は出世できんのだ。」


 動けない俺を無視して、ケルビーノは神父達の方に進んでいく。


「ひ、ひい。」


 怯えるベルント。怪我は治っている。が、腰が抜けて立てないみたいだ。

 そこをデブが胸倉を掴んで宙吊りにする。


「まずはお前からだな、アホ面。地獄の獄卒に何と言って詫びる?いまここで練習しようじゃないか?ここは【聖なる花園アジール】。外界に音は漏れない。いくら叫んでも良いのだぞ。」


「あ、ひい、止めて。」


「ぐあはーはーははは。何が奇跡の子だ。ふたを開けてみればこの程度ではないか。まあ見ていろ、尊大で傲慢な邪信徒。お前の無力ゆえにこいつは苦しんで死ぬのだ。」


 袖からナイフを取り出して、ベルントの右手に突き立てた。


「いぎゃああああああああああああ!!」


 ベルントの絶叫が響き渡った。残響はなかなか消えなかった。

 なるほど合点がいった。アゼリオ神父もこいつに殺されたのだろう。

 この【聖なる花園アジール】の中で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る