神の法・人の法⑩

 考えろ。事態打開のピースは揃った。そんな確信がある。


 まず【聖なる花園アジール】。法域が【矛盾しているカノン法霊の調和コンコルディア・ディスコルダンティウム・カノーヌム】に似通っている。俺も共鳴しやすい魔法のはずだ。


「【ファイアーボール】!」


 一か八か、俺を中心に展開。爆発に指向性を持たせる。お手本はこの法域。この法域は小さな魔力波が一点へと殺到し焼き殺す仕組みだろう。だからその一点以外は無害なのだ。俺はその逆をやればいい。全方向への爆発で、魔力波を押し戻し、収束を阻害する。


「なに?ぐぬう!」


 ケルビーノは魔力でガードした。

 が、ベルントも司祭も奴の後ろ。奴が耐える限り、二人は無事だ。


「まだまだ、【ファイアーボール】!【ファイアーボール】!【ファイアーボール】!【ファイアーボール】!」


「馬鹿め、連発したところで地力が違うぞ。お前の魔力が尽きるとき、それが地獄の始まりだ。」


 伊達や酔狂で連発しているのではない。確かに慣れない連発で気が狂いそうだ。

 魔力の欠乏は悪寒や平衡感覚の狂いを生じる。

 しかし、撃たねば即座に法域に焼かれる。

 だから爆発を連発して殺人熱波を遠ざける。時間を稼ぐぞ。

 周りは硝煙だらけで視界は悪い。しかし、勝ち筋は明瞭だ。


「ごホッ!」

「ゲオルグ君!?」


 血を吐いてしまった。魔力が空だ。


「ぐははははは、はーはっはっはっは。どうした小僧、もう終わりか。え?おい。何とか言ったらどうだ?」


 ベルントを放置して俺の方に来た。


「アゼリオ神父もこうやって殺したのか?」


「ああ、そうだ。あがいても無駄だぞ。この奇跡は音を通さない。それにエクソシストも私の配下だからな。警察だって手出しはさせない。お前はしばらく孤児院の病棟に隔離したことにして、折を見て死んだことにしておこう。」


「なぜ、何のために、こんな非道ができるんだ。」


「なぜ?知れたことよ。出世だ。教華響になる。聖職者の夢などそれしかあるまい。聖職たる者賭け事は許されない。最高の皮肉ではないかね?その人生がギャンブルだのに。酒も女も許されない。あらゆる遊びが許されない。であるならば己の人生で遊ぶしかないではないか?」


 饒舌になった。激昂して蹴り飛ばされたが、結果オーライだ。まだまだ時間を稼ごう。


「アゼリオ神父を殺したのはなぜだ?」


「おお、その忌々しい男の名前を出すなよ。私の愛を受け入れておきながら、枢機卿に告げ口を試みたのだ。あいつは、私を裏切ったのだよ。秘密さえ守り通すなら大司祭くらいにはしてやったと言うのに。だから、痛めつけて殺した。声を漏らせば、その数の孤児を殺すと脅してな。最高だった。あの貌は最高だったよ。実に惨めないい顔をしていた。欲を言えば、悲鳴を上げてのたうち回ってほしかったがな。」


 どんどんテンションが上がってきた。こいつ自分が傷ついたことを思い出すたびに攻撃性が増すタイプだろう。魔法に毒されてる感がある。受けた傷が深いほどに、魔法の報復は大きくなる。

 おっと、ここまでか。ベルントは気づいてしまったようだ。


「あれ、なんかすごく広くなってる?」


「ん?なに?【聖なる花園アジール】がでかくなっている?どういうことだ?」


 ばれちゃしょうがない。笑いをこらえながら、どうにか説明してあげよう。

 これで心を折ってやる。


「クフフフフ、あははは。あーあ。傑作だよ。ケルビーノ、いや、大司教殿。」


「何がおかしい!?」


 いったん怒りのスイッチが入ると周りのことが目に入らなくなる性分のようだ。


「いや、自分で言ってたでしょ。この法域の外部に音は漏れないって。まあ波を扱う奇跡なら当たり前だよねえ。」


「それがどうした!ゆえに貴様らはここで誰にも知られずに死ぬのだ。」


 ああ、こいつまだ気づかないんだ。


「まだ気づかないの?この法域ね、警察署まで射程に入れたんだ。この意味、分かるかな?」


 大司教は期せずして自白してしまったのだ。大声で、警察署までの街のすべての人に聞こえるように。


「なに?」


「お前の【聖なる花園アジール】は完璧だったよ。だから外に音は漏れてないはずだ。そして鐘の音のように法域内部に響き渡るだろうね。だからここら一帯を法域の内側にしたんだ。」


「……法域?貴様、まさか魔法使いか。まさか本当に邪信徒だったとはな。奇跡を疑う女神の怨敵。許さぬ。許さぬぞおおおおおおお!」


 え?こいつこの状況でもまだ正義が自分にあるかのように振舞うのか、ここまでくると怖いな。ここで心折れてもらうはずだったのにさらに怒ってきた。


「うわ、お前はもう詰みだよ。諦めろ!」


「黙れ、汝の罪を数えよ!せめて、せめてお前だけでも道連れにしてやる!こんなガキにしてやられたなど、私の矜持が許さない。」


 どんな矜持だ。街中で大声で言うようなことかねえ?


「ああ、バカバカ。忘れたのか?【聖なる花園アジール】の中で魔力使用はご法度だって。」


「ウオッ!」


 慌てて跳び退くケルビーノ。

 一瞬理性が戻ったかと思ったが、目が血走ったままだ。

 血に飢えた獣を連想させる。


「……悪い、波紋の収束先はそこなんだ。」


「ぐああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 良かった。ハッタリが効いた。

【ファイアーボール】を打っていた時から、魔法同調を行い、射程を拡張していた。

 だから【ファイアーボール】の爆発力も控えめだった。

 また、空間が増えた分だけ波の伝播にも時間がかかり、法域による攻撃も遅くなったのだ。

 苦労したぜ。波の足並みを揃えるように、警察署を射程に含めるように、【ファイアーボール】を撃つのは。


 奴に収束した魔力の波は、俺に向かって放たれていた分も含めて6発分。

 助かる道理はないな。奴は肉体の内側から加熱され、表面も黒焦げになった。


「ありがとう、ゲオルグ君。ベルント君、今治療します。」


 そう言うとアントニオ神父は自分の腕そっちのけで、ベルントの治療を開始した。


 !?


 何かがおかしい。違和感の正体はなんだ?

 法域だ!法域が報復攻撃を開始した気配?なぜだ。解除したはず。


「まだだ!」

「ケルビーノ!?なぜまだ生きて!」


 ぐお、ナイフで刺された。

 表面は黒焦げになったはずだ。それだけでも人は死に至る。なぜ動ける。

 それはそれとして、犯行の凶器じゃない。絶対に手放さない。


「舐めるなよ。小僧。私は歴とした大司教だ。全身火傷ごとき回復の奇跡でどうにでもなるわい。さあ、報復の時間だ。報いを受けろ咎人おおおおおお!」


 そのとき。一陣の翠風が吹いた。それは鉄の塊が飛んで来たかのような衝撃で、法域をぶっ飛ばした。


「【疾風怒濤シュトゥルム・ウント・ドラング】、うむ。やはりゲーテ先生のようにはいかないか。」


 それは懐かしい、温かみのある声だった。


「おや、カスパル君。手ひどくやられておるな。だが、良く粘った。遅くなったね。」


 そう言うとパイプをふかす。


「き、き、貴様は、フォイエルバッハ!女神の怨敵ではないか?」


「ほう、ぼくもあまり人に誇れる人生と言うわけでもないが、それに付けても失敬な人だね、君は。」※1


 この一喝で勝負は決してしまった。

 もはやケルビーノに事態打開の戦力は残されていなかった。


 この隙にアントニオ神父がどさくさに紛れて回復の奇跡を開始してくれた。

 わらわらと警官隊も突入してきた。


※1 失敬なひとだね、君は。

「失敬なひとだね、君は。」

『近代刑法学の父フォイエルバッハ伝』 エバーハルト・キッパー著 西村 克彦 訳 54頁

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