神の法・人の法⑦
孤児院に戻ったのは夜遅くになってのこと。
子どもたちはみな寝静まっていた。
事前に遅くなるなら警察が送りますと警察官は事情を説明したらしいが、アントニオ神父は警察署までわざわざ迎えに来てくれた。大人なら当然です。ときっぱり。
今日は助司祭も泊まりに来てくれているから一人は大人がいるらしい。子どもは保護されるべき者のようだ。ありがたい。
帰り道で色々聞かれるかと思ったが、特には聞かれなかった。詳しいことは明日聞きますとのこと。なんだかんだいい人だよなあ。そんな気がした。
ベルントは起きていた。まあ、同じ部屋の奴が警察に行ったきり帰ってこないんじゃ眠れないよな。戻るなり、「ああよかった。パクられなかったんだね。」とおいおい泣き始めるじゃないか。
なんで逮捕のことをパクるっていうって知ってるのに、やんちゃスラム街強盗少年と意思疎通できなかったんだろう。不思議な奴だ。その不思議のベルントを差し置いて俺の方が早く寝た。
長い一日だった。長い日は、短い夜と抱き合わせ販売されているものだ。
だって、一日の長さは変わらないのだから。睡眠を削る以外に帳尻を合わせることは出来ない。
朝は賛美歌とともに始まる。花は太陽を呼び、暁鐘が青空を呼ぶのだ。
孤児院の朝には慣れてきた。トレーガー警部に言われたことを意識して孤児院を探っているが、全く進展がない。
事件現場の部屋、現在の司祭の部屋、礼拝堂の椅子の裏。
口実ならある。掃除は毎日行うし、担当部署も違うのだ。雑巾がけのたびに床を見る。隙あらば天井を見ていた。
しかし、一向に痕跡は掴めなかった。
「ああ、ゲオルグ君。ここに居ましたか。」
後ろから不意に声を掛けられるのはびっくりする。普段、先生に声をかけるときに、そんなに静かに近づかないでくれと、言われていたがこんな気持ちだったのだろう。びっくりする。
「今、少し話せますか?ああ、立ち話です。すぐ終わります。」
くそ、紅茶が飲めると思ったのに。
「はは、そんなに残念そうな顔をしないでくださいよ。それより明後日なんですが、どこか出かける予定はありますか?」
「ないですね。」
「ああ、よかった。もしあったらその予定をキャンセルしてもらわないといけないくらいのことなんですがね。その日に大司教がいらっしゃいます。なんでも一目見たいそうです。」
「大司教?お偉いさんでしたか。」
「ええ、そうです。私では望むべくもない役職ですよ。みな一線級の奇跡の使い手です。」
「そんな方がなぜ私に?」
「ええ、なんでも警察署からの帰りに襲われたとき、【
「はい。」
まずい。使えちゃダメだったのか?でもとっさに出ちゃったんだよなあ。動揺を悟られないように表情はそのまま。自分で言うのもなんだがポーカーフェイスは抜群に上手いのだ。
「ええ、どうやら上の方は奇跡の子なんじゃないかって沸き立ってましてね。まあ大司教もあやかりたいのでしょう。」
あ、なんかふわっとしていた。
「ええ?そんなご利益みたいなものありませんよ。」
「まあまあ、いいじゃないですか。警察にお迎えに上がるときに道中で痕跡を見ましたが、凄まじい一撃でしたからね。良い【
惨状だろう。直径3mが焼け焦げたんだぞ。
「まあ、そういうわけです。ちょっとした大人のドロドロに巻き込まれる可能性もあるので、まあ、いつものように子供っぽくしていてください。」
え。ばれてる?おれのポーカーフェイス敗れた?
司祭の眼鏡がきらりと光る。
「君は少し大人になるのが早すぎたのですよ。もう少し子どもの動きを見習って、混じって遊ぶことを覚えてもいいんじゃないですか?たとえば、ベルントくんみたいに魔法使いごっこをするとかね。」
「ははは。」
ベルントには魔力はない。だから使えるはずがないのだが、魔法使いごっこをして遊んでいるのだ。最近の流行り?もちろん「コンコルディア・ディスコルダンティウム・カノーヌム」って絶叫してる。まあ声に出して読みたい響きであることは認めよう。
「ま、そんなところです。君も13歳くらいんなのでしょう。子どもっぽい振舞いをしている分には政争に巻き込まれたりはしませんから、努めて子どもらしくしていてください。」
「分かりました。神父様も大変ですね。」
「……そういうところですよ。」
「癖になってまして、ところで素敵な眼鏡ですね。初めて見ました。」
「ああ、これですか。年は取りたくありませんよ。老眼鏡です。でもありがとう。
……あ、話をそらしましたね。まあいいでしょう。とりあえず今日は遊んでください。」
そう言って解放された。
ああ、びっくりした。心臓に悪いな。潜入調査、向いてないのかもしれん。
神父様がスパイ狩りに見えてきてしまった。
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