神の法・人の法⑥

「で、本題は殺人事件ですか?」


「ああ、そうだ。教会は悪魔が絡んでるから、エクソシストが対処すると言って聞かなくてな。捜査は打ち切られた。だから、これは捜査ではない。私怨だ。」


「珍しいですね。そんなことするタイプとは思いませんでしたよ。」


「そりゃ、珍しいさ。人死にが出て警察が出ていかないことなんて普通じゃない。」


 そういう意味ではなかったのだが、まあいいだろう。


「で、僕は何を調べればいいのかな?」


「魔術の痕跡が無かったかなんだ。子どもも近隣住民も悲鳴を聞いていないんだ。被害者は急所以外をめった刺しにされて、死ぬまでに時間がかかっている。にもかかわらず物音一つ立てていない。」


「博士じゃダメなんですか?」


「動けそうにないそうだ。枢機卿に掛け合っているが、反応が芳しくないと。」


「そっか。じゃあ俺しか動けないわけですね。被害者の喉は無事でしたか?」


「ああ、大声が出せない状況ではなかったはずだ。」


「ミサ用の消音装置があるけどそれは?」


「消音装置?殺人現場は範囲対象外のはずだ。そして間違いなく魔法だと思う。何か痕跡を見なかったか?」


「魔法の痕跡?うーん。ちょっと分からないかな、でもしいて言えば、」


「しいて言えば?」


「新任の神父さんがお清めとかなんとか言って模様替えとかご祈祷とかしてたから、もしかして隠そうとしてるかもしれないね。」


「そうか。時間との勝負かもしれないな。」


「どうだろう。焦っちゃダメだと思う。むしろ持久戦かな?向こうにプレッシャーをかけ続けて、ボロが出るのを待った方がいいかも。トレーガー警部もクビになったらまずいでしょ。」


「それもそうだな。」


「あと、悲しいお知らせも一つ。」


「なんだ?」


「殺されたアゼリオ神父だけど、子ども、それも男の子を夜な夜な抱いてたとかなんとかの話もあるらしいですよ。これは子どもに聞いたんですけどね。」


「なに?まさかあの人が?」


「まあ、俺はよくわかりませんので、それについては判断を保留しますが、子どもの中に恨みを抱いていてもおかしくないかもしれませんし、教会のお偉いさんが隠したいのはその醜聞かもしれません。」


「なるほど。友人として信じたくはないが、警察官としては聞かなかったことにはできないな。まあ、君の所在とか安全とかは先生に話しておこう。なにか伝えておきたいことはあるか?」


「……。」


 いざそう言われると言葉に詰まる。


「はっはっは。どうせ君のことだ。エリーゼさんが浮気相手とか聞いて怒っちゃったんだろう。」


「な、なんで知ってるんですか。」


「いや、そりゃだって有名だぜ。みんな子どもの前だから言わなかっただけさ。まあ男と女のことだから、そりゃいろいろあるさ。教会だって、美しいだけのところじゃなさそうだしな……。」


 俺はどんな表情をしていただろうか。きっと険しい顔をしていたのだろう。


「まあまあ、なんとか本官がよしなに伝えておこう。ただ、この件が終わるまでに、自分の言葉にしておこうな。」


「……善処します。」


 そう言うとトレーガー警部は「あーおもしれえガキ。いっちょ前に大人な言葉遣いは出来るんだもんなあ。」と高笑いしていた。


 さて、そろそろ帰らねばならないだろう。一応金一封だけは受け取って、それを保存の効くお菓子に換えて帰るか。既に西日が傾いている。

 赤い夕陽が街に落ちると、フォイエルンの名は大げさではないと知る。街が燃えている。

 問題はこの封蝋ですという面をした白い石なのだ。金一封に付けられていた。なんか先生の魔力を感じるんだよな。盗聴器か?まあお守り代わりに持っておくか。



「おやゲオルグ君また会ったね、なにか言いたいことはあるかい?」


「そうですね、人生ってままならないものですね。トレーガー警部。」


「はっはっは。そうだね。まさか、あの帰り道に騒ぎを起こすとは思わなかったよ。」


 スラムの少年たちが意趣返しに来たのだ。今度は30人だったかな?こりゃ勝てないと思って使ってしまった。【矛盾しているカノン法霊の調和コンコルディア・ディスコルダンティウム・カノーヌム。】

 なぜ使えたのかって?俺も分からん。もしかして俺は元々使えていたのだろうか?

 すらすらと詠唱が頭の中に降ってきたのだ。


「花園に雑草なく、鐘の音遮るものなし」


 聴いた覚えはない。アントニオ神父も詠唱は教えていなかったはずだ。

 だけど、あっさりと発動してしまった。


 そこからが大変だった。

 動揺して逃げてくれた者は良かったのだが、錯乱して、あるいは舐められたらイケナイと思ったものはそのまま勢いに任せて殴りに来てしまった。

 魔法は発動した。雑草を焼き払うべく。鐘の音が回折することの無いように。

 魔力が収束し、そいつへと殺到する気配があった。

 人死にが出ると思ってとっさに解除した。それでも魔力の収束は止まらず、それでもどうにか場所をずらした。


「それがあの惨状の正体か。」


「あの、人死には出てませんか?」


「ああ、分かってる。命に別状はないって。詳しいことはよくわからないけど、あれ三十年戦争で使われて、この街も灰にした【魔力砲カノン】っていうらしいぞ。そんな物騒な技使わないでくれよと言いたいが、責めるわけにはいかんよなあ。いきなり30人に囲まれたら、さすがにあれを使うしかないか。」


「すみません。」


「まあ本官も送ろう。事情の説明が必要だろうしね。神父様にも突っ込んだこと聞けそうだからむしろ俺としては嬉しいかな?スラムの子供たちは牢という聖域に突っ込んでおくさ。」


 といって本日二回目の取調が終了した。

 それにしてもトレーガー警部、今日非番だったんじゃないのかなあ?


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