神の法・人の法⑤

「おや、警察官の方がこんなところへなんのご用でしょうか?」


 魔法、ゲフンゲフン、奇跡の講義が終わったところへやってきたのは、トレーガー警部だった。

 やばい。目が合った。先生から話が行ってないかな?だが、ポーカーフェイスは慣れている。

 よく似た他人の振りをする。いや、カスパルなんか知らん。俺はゲオルグだ。


「そう焦らないでください。捜査ではありませんよ。ただ、殺されたアゼリオ神父は本官の、ごホン失礼、今は休暇中でした。私の友人だったのです。献花くらいしても良いではないでしょうか?」


「おや、そういうことでしたか。子どもたちが怖がりますからな。今回の神父が亡くなったことは痛ましいことですが、それは教会で調べることですから、くれぐれも子供たちに何か吹き込むようなことはしないでいただきたい。ショックを受けている子もおりますのでね。」


 あれ、いつぞやトレーガー警部が来ていた件、教会権力が動いてるんだ。しかも警察を突っぱねて。これはなんかあるぞ。

 トレーガー警部は殺されたと言ったのに、アントニオ神父は亡くなったと言った。これは何かある。

 そしてもう一つ、トレーガー警部は俺を一瞥するなり何も見なかったような顔をしたのだ。

 これは買収の余地がありだな。手土産はなににしよう。


「そうピリピリせんでください。あ、そうそう。手ぶらも失礼と思いましてね。子どもたちに配ってあげてください。ここらの街も治安が悪くなってきましたからね。危ない目に遭いそうなときは、迷わず警察官に声をかけてください。」


 なんか、子どもをダシにした戦いが始まってる。これあきらかに情報提供を狙ってるだろう。

 トレーガー警部の中で、この事件はまだ終わっていないのを感じる。アゼリオ神父と旧友というところだけは真実っぽい。


「そうですか。では、お言葉に甘えることとしましょう。はい、皆さん。このお巡りさんがお菓子を持って来てくださいましたよ。」


「「「「「「「ありがとうございます。」」」」」」」


 みんなで言う。


「ん?そこの君?ちょっと署まで来てもらえるかな?」


 え?このタイミング?急に接近してくるじゃん。


「君、10人くらいの少年をボコボコにしたことないかな?」


「トレーガー警部、どういうことですか?非番中と言うことでしたが?」


「ああ、失礼、人相があまりにも似ていたのですよ。一週間くらい前に、裏路地で事件がありましてね?一人が10人ほどを返り討ちにしたのですよ。」


「ゲオルグ君。行く必要はありません。彼はいま警察官としての職務を行っているわけではありませんから、行く必要はありません。逮捕するなら令状を持ってきてください。」


「失礼、神父様、逮捕状とかそういうのではないのです。むしろ感謝状ですよ。最初に絡まれていた方が報告を上げてくれたので、人相書きが出回っていたんですよ。金持ちは何をするか分かりませんよね?直接お礼がしたいと言って聞かないんです。もし君が望まないなら直接会う必要は無いから、警察署に来てくれるかい?お金を渡してくれと言って聞かないんだ。」


「おや、失礼、また勝手に連れていくのかと思いましたよ。ゲオルグ君。どうやら褒めてもらえるかもしれない。それは君の自由だ。」


 うわあ。俺に決断させないでほしいなあ。

 警察と教会のどちらに着くか?みたいな印象になってるじゃん。

 でもまあ。


「まあ先立つ者も必要ですから、受け取るだけ受け取りましょう。」

 とか言って外に出よう。積もる話もある。





「随分な挨拶じゃないか、ゲオルグ君。」


 警察署での第一声がこれだ。

 取調室に入れられた。え?これ取調なの?


「なんだ、ここに来るのは初めてか?」


 普通は初めてなんだよ。不服そうな顔で応じる。


「いやあ、君なら慣れててもおかしくないと思ったよ。」


 などと供述している。

 まったくとんだ偏見だろう。


「ま、冗談はこれくらいにして、先生を殴ったんだろう?」


 それは形式上の疑問文にすぎない。ほぼ確信している。


「う……」


「心配するな、先生は転んだとしか言ってなかったぞ、あと、捜索願いも出されていない。」


「まあ、俺は要らない子なんじゃないですか?」


「違う!そうじゃない。出せないんだ。君の場合はね。君は博士の下ににずっといた。この建前だけは絶対に崩すな。」


「……はあ、大人の事情ってやつですかね?」


「ああ、そうだ。物分かりが良くて助かる。ゲオルグを名乗った勘はすさまじいものがある。正直、偽名を知るまでは肝が冷えたものだ。」


「そうでしたか。でも、その理由がなんであるかは教えてくれないんでしょう。」


「ああ、教えない。大人になっても教えられないかもしれない。それくらい覚悟の居ることだ。」


「まあ、任せますよ。トレーガー警部の勘はよく当たるんです。で、金を渡したいって話の、「本題」はなんですかね?確かに金持ちそうなやつは助けた心当たりはありますが、謝礼ならそのときに頂いてますよ。わざわざ警察が探したりしないでしょ。もっとましな嘘はなかったんですか?」


「……やっぱり抜け目ないな。既に受け取っていたのか。お察しのとおり口実だよ。こうして二人きりで話すためのね。」


「教会に怪しまれたりしませんか?」


「大丈夫だよ。彼らも俺たちに言うことを聞かせる方法を知っている側だ。これくらいはしてくれる親切な組織であることくらい、よく知っているだろうさ。」


「なるほど。」


 警察も大変なんだな。

 世間話をしているうちに年若い警察官が紅茶を持ってきた。

 ミルクと砂糖をたっぷりと入れてから、話を本題へ移した。

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