神の法・人の法②

 「しっかし、あの大司教、場違いだったよな。」


 これは独り言。

 見ねえ顔だな?とか言って絡んできた不良どもをボコし、正当防衛している最中だ。

 なんでそんなに強いのかって?そりゃあ、しごかれたからね。先生、ゴホン、博士が言うには、俺は筋がいいらしい。魔術の筋ではなく、魔術師の筋だ。


 何を言ってるか分からないだろう。俺も最初はそうだった。

 でも魔術師たるもの最も重要なのは回避能力。敵の矢玉の迎撃に魔術なんて使っている場合じゃない。火力支援こそが火の魔術師の本懐だ。一般兵の投擲攻撃に対して魔術なんぞ使っていたら、その分の魔力を敵主力に投射できない。


 だから、撤退命令が下るまでは撃ち続ける。

 たとえ自分の所属する魔術師部隊が全滅したとしても、最後の一兵まで魔術を投射する。

 これが帝国魔導兵として叩き込まれる戦陣訓であるらしい。あまり就職したいところではないが、最悪を想定して訓練を積んでおくのは良いことだな。現に今とても役に立っている。


 ごろつきのストレートを1㎜の差で回避と同時にアッパー。回避の方向?もちろん前だ。後ろに避けたら1体倒すのに余計に時間がかかるだろう。

 省エネかつ迅速。これが魔術師戦闘の極意だ。さっさと本業に戻るために。多対一も制せるように。

 この戦いに頭は使わない。頭脳は魔術の使用のためにあるからだ。それゆえに、俺による蹂躙は酷くリズミカルなものになる。相手の攻撃に反応して急所。敵の攻撃をいなして同士討ちさせる。1対10の戦闘ごとき、1分もかからない。


 魔法の訓練ばかりのこの2カ月の間にどうしてこんなに上達したか。体術訓練は普通、3カ月以上を要するのだが、俺はおそらく30秒くらいで終えた。そう時を止める【十二表魔法】なら簡単だ。


 実際には、あの魔法は法域外の時間を遅くするものっであって止めるものではない。なお、この発見を得たのは訓練の副産物だ。。今までそれほど長時間連続使用されたことはないらしく、そんな酔狂なことをしたのは先生が初めてらしい。


 博士は、これは論文が書けるぞって喜んでいた。やっぱり博士って魔法使いとしても一流なのでは?なお、その論文は【十二表魔法】の内側で執筆されているだろうことは想像に難くない。


 しかし、あの時の戦闘用ゴーレム、この不良少年に比べても強すぎだろう。敏捷で柔軟。それでいて頑丈。

 博士曰く剣貴族はもっと常軌を逸した挙動をするとか言ってた。やや忌々しげな表情をしている。本当に人間なのか?剣貴族。


 おっと考えが脱線した。やることを忘れてはいけないな。





 カスパルの失踪から一週間が経った頃。

 フォイエルバッハ博士の家には来客があった。


「失礼します。毎度急ですみません。あれ、先生。そのお顔はどうされましたか?ガーゼを当てられてますな。」


「はっはっは。ちょっと転んでしまいましてな。嫌になりますな。この年になると痣もなかなか治りませんからな。」


「はあ、それは災難でしたな。ああ、エリーゼさん、ありがとうございます。今日はカスパル君は居ないのですかな?」


「そうですな、ちょっと出ております。」


「そうでしたか、しかし良いですか?事件のお話をしても。」


「構いませんよ。」


 そう言うとトレーガー警部はいつものように説明を始めた。


「一週間前の朝7時に、孤児院の内部でアゼリオ司祭が死体で発見されました。殺害事件とみています。というのも被害者の胴には深く差された刺し傷が7カ所あり、即死ではありませんでした。死因は失血死で、死亡推定時刻は午前零時から4時です。」


「ふむ。妙だな。」


「はい。妙なんです。刺し傷は深いのですが、肺も心臓も無事。死亡までそれなりに時間がかかったと思われます。しかし、その間、孤児院の子どもたちは一人も起きてきませんでした。孤児院周囲の住民にも聞き取りを行いましたが、悲鳴や不審な物音を聞いた者は一人もおりませんでした。ただ、ゆっくりと死んでいった被害者が何らの行動をとらなかったとも思いませんので、そこが不自然です。」


「確かにそうだな。子どもたちの寝つきは良いとはいえ、一人も起きてこないなんて不思議だ。というより本題を言いたまえよ。なにかもっと違和感があるんだろう。」


「はい。本官は魔法の使用を疑っております。」


「なにか痕跡はありましたか?」


「それが分かりません。上はもう調べなくて良いというばかりで。」


「なるほど、それは厄介だな。」


「また、大司教が直接出向いてきたことも少し気がかりなのです。」


「ほう。司教なら分かる。司祭の直属だからね。その上の大司教か、これは本格的にきな臭いな。」


「ええ。死んだ司祭は昔からの知り合いでしてね。殺されるような奴ではなかったはずなんです。まあ、協会が絡むなら黒ミサの研究はしていたようなので、そこかと。」


「分かりました。では一応、魔法の痕跡がないか調べましょうかね。」


「いつもご協力いただきありがとうございます。」


「まあ、これも務めと言うやつさ。」


 そう言うと博士はパイプに火を点けた。


「ところでトレーガー警部。厄介ごとついでに、こちらの頼みも聞いてくれないか?」


「はい。本官がおやくにたてることであれば何なりと。」


「実はな、カスパルが家出中なのだ。」


「!?」


「勘が良くて助かるよ。彼の秘密を知る者が現れても困るからな、一刻も早く知らせてほしい。」


「なるほど。分かりました。」


「まさか君に共犯関係を強いるなんて想像だにしなかったものだ。」


「そうですね。本官も、先生が正規の法の適用以外のルートで物事の解決を図るだなどど思いませんでしたな。」


「はは、臨機応変というやつです。近頃、どうも教会の動きがきな臭い。貴官もお気をつけて。」


「言うに及ばず、ですね。先生こそ近頃鈍っておいでなのでは?くれぐれもにはお気を付けください。」


 二人の共犯者はそこで別れた。各々の役割を遂行するために。


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