神の法・人の法③

「ゲオルグ君。これはそこに運んでおいてください。それは隣の部屋ですね。」


「はい。神父様。」


 俺は今、孤児院にいる。あの人だかりのできていた孤児院だ。

 なんでここにいるのかを話すと長くなるんだが、買い物帰りに強盗に合いかけてた子どもを助けたら、ここまで引っ張り込まれたんだよ。泣くばかりで話にならないし、腰を抜かして立てないなんて言うもんだから、負ぶってきたらここに居なさいとか言われちまった。まあ、フォイエルンはその炎の名に反して夜は寒い。食事も出るっていうし、世話になることになった。


 証拠が残ってたらいいな?と考えたのもある。手土産はあった方がいだろう。だから、俺はカスパルではなく、ゲオルグを名乗った。

 孤児院はいいところだ。整理整頓が行き届き、本やペンが混雑していない。先生の家は広かったとはいえ、大量の書物が埋め尽くしていたのだ。


「さて、では今日のところは終わりにします。食事にしましょう。」


 新任のアントニオ神父の引っ越し手続きはすべて終わった。いや、神父は清貧の精神の下に生きているので、モノはそんなにない。しかし、ここまで時間がかかったのは事件のせいだろう。

 俺がここに厄介になる頃にも、部屋の模様替えやら、そのたびにお祓いを執拗にやっていた。


 なんでも殺されたアゼリオ神父は悪魔と契約していた可能性があるとかで、徹底的に浄化したんだそうだ。魔力を注ぐ行為に何の意味があるのかはわからなかったが、けったいなことに感じた。


「地に満ちてまします我らの女神。今日も子たる我らに豊穣なる恵みを感謝し申し上げます。花冠の終わりなきがごとく、鐘の音の永遠なることを。」


 そういえば久々の祈祷だ。あれ、いつの記憶だろう?博士のところでは出てこなかったな。まあいい。失われた記憶が戻りつつあるのだろう。

 記憶と言えば、贅沢の味を知ってしまうと、あとが怖いものだ。

 しかし、懐しい素朴で薄い味付けだ。いや、記憶の中の味と比べるとまだ美味いのか?

 孤児院の食事も貧相だった。当然か。孤児院は富を生む施設ではないのだ。善意を消費して、害悪の増大を防ぐ施設なのだから。


「しかし、ゲオルグ君は非常に利発ですね?」

「そうでしょうか神父様?」


 夕食後にアントニオ神父に呼ばれた。


「おや、その年で謙遜を覚えているなんて、やはり聡明です。言葉遣いも上品ですし、なによりアクセントが上流ですね。実はよいところのお坊ちゃんですか?」


「私が上品で上流?とんでもありません。今日の食事も、一般的には粗末な食事と揶揄されているそうですが、まだまだ贅沢な気がします。毎日食事にありつけるなんて夢のようです。」


「ははは。苦労されたのですね。でもまあ、珍しくもないのですよ。家柄はいいが、跡目争いに敗れて出家を余儀なくされることはままあることですから。」


 猫を被っている、つもりはない。教会の柔らかな雰囲気が俺の言葉をまろやかにしていくのだ。


「それに魔力も多いようですからね。エクソシストにも向いているでしょう。」


「エクソシスト?」


「はい、悪魔祓いのことですね。聖水を作るのに魔力を消費する用ですし。君ほどの人材なら、大司教相当の地位まで行けるんじゃないですか?もちろん、日ごろの研鑽が必要になりますがね。」


 神父の話は勧誘半分、職種紹介半分と言った感じだった。有用そうな人材まで手放したくないと言うのはどこも一緒か。ここの子どもは15歳になったら出ていくことになる。手に職付けたりして自活能力のある子や引き取り手の現れた子はもっと早くに出ていく子も多いけど……。


 夕食後の神父の話は話半分で聞いてしまった。この場所は好きだけど、いつ追放されるか分からないのだ。

 さて、寝るか。と思った時、俺は声を掛けられた。


「なあ、ゲオルグ、起きてるか?」


 俺が強盗から助けてやったベルントだ。本人曰く14歳、もうじきここからいなくなる。成長期が始まっており、顔の幼さのわりに背が高いのだ。


「はい、起きていますよ。」


 1部屋にベッドは2つ。こいつとは同じ部屋なのだ。

 あれ、今晩は寝かせてもらえないってコト?


「神父さんに話しかけられてたみたいだな?何をされたんだ?」


「何って?勧誘ですけど。」


 眠りに入る前の穏やかな心持を維持したまま俺は応えた。


「いやいや、そんなありきたりなことじゃなくて、ナニだよ。」


「はあ?」


 何を言ってるんだろうこいつは。確かにこいつは少しばかり頭の回転が遅い。俺が助けてやったときも、強盗と話が通じてなかった。目の前の暴漢が強盗であることに気付くまでに時間がかかってたし、強盗の要求を理解することにも時間を要していた。一緒にいたガビという少女がなんとか翻訳していたくらいだ。なんなら強盗からも憐れみの視線を向けられていたくらいだ。


「え?分かんないのか?馬鹿だな。男どうしでのゴニョゴニョだよ。」


 なぜこいつに馬鹿呼ばわりされなければならないんだろう。

 でもここで怒ったら俺も馬鹿になってしまう。いや、待て!ここ教会ぞ!孤児院ぞ!


「いや、滅相もない。そんなわけないでしょう。それは教会の禁忌じゃないか。」


「しっ、声がでかいぞ。アゼリオ、ああ、この間殺された前の神父はここの子どもに手を出してたって噂だぜ。何人か場所を移ってるから被害者は彼らだったのかな?」


 怒りが湧き上がってきたのを感じた。教会でさえこの始末。

 しょせん人間は神の法理に背くケダモノなのか。

 いや、まだ噂だな。証拠も証人なしに認定するべきではない。

 たとえそれが死者だったとしても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る