魔法講義;魔法に天才は不要である。

 それでも前に進むしかない。

 まずは魔法【平和霊】を覚えることから始めるしかないのだ。


「よいかカスパル君。魔法が魔術と違って難しいのは、その対象の違いなのだ。」


「対象の違いですか?」


「うむ。魔法は時空間を対象とするのに対し、魔術はそれ以外を対象に取る。これだけ言うと簡単に聞こえるかもしれんが、カスパル君、君は時間を掴んだことはあるかい? 空間をその辺に置いておいたことは?」


 確かにない。というか、どうやって掴めばいいんだ? 時間は勝手に流れていくし、俺たちはそもそも空間の中にいるじゃん。


「うむ。さしもの天才カスパル君もさすがにできないよな。すこし安心したぞ。その年でおそらく独学でできていたなら、ぼくが嫉妬に狂うところだ。」


「ははは、恐縮です。」


「とは言ったがな、別に魔法に天才は要らないんだ。」


「え?」


「魔法とは知識、そしてそれが共有されている方が強いと言ったな。それはなぜか?」


「一般意思が魔法発動を強化するからですか。」


「正解。よく覚えていたね。だが、これで気づいたのではないかね?」

「……?」


 正直これがヒントだったことにさえ気づかなかった。


「おっと、少し答えを急ぎすぎたかな? まあこれは私見だがね、天才の境地を理解できるのは天才だけだ。多くの人が理解できるものでなければ、一般意思足りえない。得心なき力は弱いのだ。序盤に多くを詰め込むのはあまり良いことではないが、これだけは覚えておいてほしい。魔法は聖智を極めてはいけない。それは普通の人々の理解力を越えることはできないのだ。」 ※1


「なるほど。胸に留めておきます。」


 まず一般意思がピンと来てなかったけど、人類が共有する願望みたいなものなんだろう。そこから大きく外れる天才の魔法は、この人類全体の意思の恩恵を受けられないのだろう。

 なんとなく分かった。多数決ってことだ。


「うーむ。その顔は分かってはいけない物を分かったような顔だが、まあいい。性急に完璧なものだけを欲すると、最悪の物を掴む危険がある。今はその独断のまどろみの中に居た方がいいだろう。」※2


 こういうところ学者先生ぽいんだよなあ。まあ本当に学者なんだけど。


「と言うわけで【平和霊】を始めとした魔法にはその原典がある。これが魔法典だ。」


 そういうと先生は本を一冊手渡してきた。魔力反応はない。ただの紙だ。


「魔法典というものは魔力がないんですか?」


「魔力がある物は魔導書だな。」


「え?」


「魔法典は、ただの法典だ。かつてその土地の人々を拘束したと思われる法律のようなものだ。それを魔術師が魔導書として読んだらなぜか魔法が発動してしまったんだ。」


「ああ、それこの間も説明受けたような?あれ記憶違いかも?」


「おや、この説明ぼくは既にしていたのか?年を取るといかんな。まあ、復習ということでよろしく。」


「分かりました。これを頭に入れて魔力を練り上げれば発動できるんですね。」


「そうだ。ただ、最初の一歩が難しい。まあまずは読んでみるといい。」


「はい。分かりました。」


「今のドイチェ語に訳してあるから読みやすいはずだ。」


「分かりました。」


 読んでみるとなんでも強盗をしないようにしよう、みたいなことだ。しかも、今の法律と違って従うかどうかは個人が決めるらしい。あれ、これ魔境だったのでは?


「ほう、読み終わったかね。」


「はい、ここまですらすら法学系の本が読めるのは先生のおかげですね。」


 先生の資料整理をするときにどうしても見慣れない単語は出てくるからな。

 そして先生は単語に反応して解説を始める教育熱心な癖をお持ちなのだ。


「俺の見立てだと自己誓約ですか?言葉をたがえることを良しとしないのがこの法の根本にあるような。」


「その通りだ。そこまでの解像度があれば大丈夫だ。この魔法典は自己誓約であればかなり広範に適用できるからな。魔術で何人も又何物も傷つけないと約して発動することで、安全に魔術の練習ができるぞ。」


 さて、あとは発動するだけだやってみよう。


「……?」


 できない……だと。


「はっはっは。まあそういうものだ。ぼくが発動するからそれに合わせてみてくれ。」


 そういうと先生は魔法を発動する。法域はこの部屋の内側。今なら分かる、先生の魔力がこの空間を満たしていく。そしてへいぇの境界で魔力の浸出は止まった。


「どうかな?見えて来たかい?」


「えーと、こうですよね。」


 目をつむって集中する。腹から魔力を練り上げる。首から、四肢から、まるで夏の暑い時期に上がりすぎた体温を放熱するように魔力を追い出していく。


「お、すばらしい。空気に注がれる分も多そうだが、空間にも来ているぞ。確かな手ごたえを感じる。目を開けてみてくれ。ぼくも押し返してみるから、それで空間の感覚を掴むといい。」

「はい。」


 と返事をして目を開ける。なるほど魔力放出によって俺の周辺の空気が陽炎を起こしている。

 でもこれは空気のほうか。そして先生の魔力圧を感じる方が空間に干渉している方。


「お、もう掴んだか。飲み込みが早いな。」


「これだあああ。」


 歓喜フロイデ!!掴んだぞ魔法の核心。先生の作った誓約はあらゆる攻撃の禁止。これに同意する。


「おお、すばらしい。あっという間に魔法同調までクリアしたか。」


 魔法同調は、相手と同じ魔法を使うことかな?


「そうだ。相手と同じ魔法を発動することで、法域内の効果を相手にも強制することができるぞ。」


 すごいな。何考えてるかなんとなく分かるみたい。これが魔法同調か。いや、先生の口調からするとこの【平和霊】固有の効果だろう。

 ほかの魔法でどんなことが起こるのかも研究しないといけないのか。

 大変だな魔法学者は。



※1 魔法は聖智を極めてはいけない。

「法律は決して精緻であってはならない。それは普通の理解力を持つ人々のために作られるのである。それは論理の技巧ではなく、家父の単純な道理である。」

 出典 法の精神 第6部第29編第16章 フォイエルバッハは各地の法も研究していた。


※2 

「性急に完璧なものだけを欲しますと、最悪の物をつかまされる危険があります。」

 『近代刑法学の父フォイエルバッハ伝』 エバーハルト・キッパー著 西村 克彦 訳 138頁 書簡集Ⅱ338-340 書簡集に当たれなくて孫引きです。すみません。

 フォイエルバッハの書簡に書いてあったもの。

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