フォイエルバッハ博士によるバイオレンス魔法学教室
戦徒 常時
フォイエルンの暁鐘
フォイエルンの街に鐘が鳴る。正午を知らせる鐘だ。
ここは法都フォイエルン。またの名を法服貴族の街。
帝国領南部に位置するこの街は、高等法院や大学が集まっており、法学研究が盛んだ。インテリの巣窟と言っていい。
首都でもないのに都などと言われるのは、その特異性のゆえだろう。
帝都の官吏の命令には、法理に合わぬと拒絶し、皇帝陛下の勅令でさえも解釈を巡って対抗する。
口喧嘩においては帝国最強の戦力を誇る首都と言っても過言ではないのだ。
ほかの街のことは分からないけど、ここのお貴族様は法と名誉にはとにかくうるさい性分だから、むやみやたらと命を取られないのはいいところかもしれない。
俺はカスパル。俺が覚えているのはこれだけだ。記憶喪失というやつだ。
この街の有力者パウル・フォン・フォイエルバッハ先生に拾っていただいて、先生の助手をしている。といっても、資料を整理したり掃除をしたりといった雑用がメインだけど。
先生の見立てでは、俺は13歳くらいらしい。身長は大人に比べるとまだまだ低いから、これから高くなるといいな。
「カスパル君。紅茶を淹れてくれるかね?3人分だ。」
書斎から声がかかる。
「はい。ん?3人分ですか?」
年のせいか体が動きにくくなってきた先生は、最近自分で紅茶を淹れなくなってきた。
俺に家事の経験を積ませることも目的なのだろうけど……。
「ああ、どうやら来客のようだ。」
そう言うや否や、呼び鈴が鳴る。
でも先生はその前に客人が誰か分かっているようだ。
「トレーガー警部、鍵は開いております。どうぞ、そのまま入ってください。」
「失礼します。」
ともに大きな声でのやり取り。先生も貴族だ。邸宅はそこそこ広い。
トレーガー警部は、いつも背広でやってくる。警官の制服を着ない殺人事件の捜査担当。つまり刑事というやつだ。
警部本人は否定しているが、先生曰くエリートでなければ抜擢されない部署。
「毎度、突然の来訪で恐縮です。」
「はっはっは。公務なのでしょう。結構なことです。ただ、もう少し申し訳なさそうな顔にならないものかな?」
「は。本官は腹芸は苦手であります。特に今回は急いだほうがいいと思いまして。」
「君の用事はいつも急務ではありませんか。さあ、立ち話も何です。掛けて掛けて。」
そう言って椅子を勧める。警部も慣れた態度で失礼します、と着席した。
しかし、やっぱり紅茶が一杯多いような?
「ああ、今日も紅茶がいい色だね、カスパル君。ささ、君も掛けなさい。」
僕の分だったのか。二人とも紅茶はストレート派。今回もミルクはない。
戸惑いは警部の方も抱いたみたい。
「あの、先生。今日のお話はカスパル君に聞かせるのは、憚られると言いますか、」
歯切れが悪いのは俺に聞かせないためだろう。
この街の大人はみんな優しい。先生も優しい人だ。俺はどうも優しくされるのにムズムズしてしまう。
先生はたまに赫赫するお茶目なところのある人だけど、玉に瑕なところが一つもない人だったら、俺は飛び出してしまってたかもしれない。
でも、目の前の紅茶のように赤い髪を持つ先生は、静かにこう言った。
「ご心配には及びません。この子はぼくの弟子にするつもりです。」
初耳なんだけどなあ。でもこの選択は俺にとって利のあることだ。
いつまでもこの生活があるわけではないだろう。俺も自活の術を身に着けられるならそうしておいた方がいい。この街で過ごした時間はまだそんなに長くないけれども、法の持つ力が発揮されるところは何度も目の当たりにした。
それがお金になるという点については特に。
だから「君はいいのかい?」と聞くトレーガー警部に対して、こう答えた。
「俺も聞いておきたいです。助手として。」
この選択が俺の人生を大きく変えることになったと思う。
しかし、後悔があるとすれば、紅茶用にミルクを持ってこなかったことだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます