第9話 黒猫
『……にゃーん』
……まただ。また猫の声が聞こえる。
1匹だけなのかな? もしかして私みたいに親と逸れてしまったとか?
『……にゃぁ』
……寂しそう。それに悲しそう。
声の主はどこにいるのだろうか?
『……寒いよ、暗いよ』
……言葉?
耳に入るのは猫の鳴き声なのに、それが意味を持って聞こえている。
『……誰か、……誰か』
……行かないと。独りは怖いよね。
不思議とそう思った。
私は声のする方向へと歩き出す。
木々は通るべき道から避け、妖しい光は先を照らす。笑い声は「こっちだよ」と私を導いた。
何が起こっているのだろう?
そう疑問に思うがこれだけは分かる。木々も妖しい光も笑い声の持ち主も、みんな私を手伝ってくれている。
しばらく歩いていると正面に一際大きな木を見つけた。
道はそちらへ真っ直ぐと繋がっている。
『……痛いよ、怖いよ』
声が、近い。
私は早歩きで大木の下まで向かう。
ぐるりとその周囲を回ってみると、人がひとり入れるくらいのうろを見つけた。
猫は、黒猫はそこにいた。
子猫だろうか。その体は私の両手に乗るくらいの大きさしかない。
至る所に怪我をして小さく丸まる黒猫は震えていた。
『……寒いよ』
……少しでも、温めないと。
そっと手を伸ばし、黒猫に触れる。
すると頭の中に何かが流れ込んできた。
『どこかへ行け! さあ、さっさと行くんだ……!』
その言葉を発したのは怖い顔をした
兄さんも姉さんもボクを睨んでいる。
『か、かあさ——』
『私はお前の母さんじゃない!』
『どうし、て……?』
今までそんなこと一度も言わなかったのに。
ボクを優しく見守ってくれていたのに。
「愛している」と言ってくれていたのに。
『どうしてだって? ……それはお前が黒いからだよ!』
『……ボクが、黒いから?』
確かに母さんも父さんも兄さんも姉さんも、みんな白い毛並みをしている。
ボクだけが、黒い。
『……お前が黒いせいで、■■は、お前の父さんは殺されたんだ!』
『……え? 父さんが、殺された? ……ボクが、黒いせい、で?』
そん、な、父さんが……。大好きな、父さんが……。
ボクのせい、で……。
もうあの
もうあの瞳でボクを見てくれないの?
もうあの優しい声で話しかけてくれないの?
もうあの体であたためてくれないの?
もう、いないの……?
『……お前なんて生まれてこなければよかった。そうしたら■■が殺されることもなかった』
ボクは怖くなった。
優しかった母さんが変わってしまったことが、ボクのせいで父さんがいなくなってしまったことが。
だから逃げた。
行くあてもなく、ただ逃げた。誰にも見つからないところを目指して。
そうして気づいたらここにいたんだ。
……今のは黒猫の記憶?
だとしたら、どれほどの辛くてどうしようもないものを抱えているのだろうか。
『……ねえ、ボクはやっぱり、母さんの言う通り、生まれてこなければよかったのかな』
黒猫は呟く。誰にでもなく黒猫自身に向けて。
『……そうだね、もう、いいや。このまま眠ってしまおう。——永遠に。そうすればきっと、全部なかったことになる』
それは全てを諦めてしまったかのような言葉だった。
確かにそうなのかもしれない。
だけどそれはあまりにも寂しすぎる。
私はそっと黒猫を膝の上に乗せた。
「……あなたと出会ったのは今が初めてだし、あなたのことをすごく知っているわけでもないけれど、……私は思うよ。生まれてきてくれてありがとう。私と出会ってくれてありがとう。ごめんね、どうしても伝えたかったから。あなたが生きていると嬉しいと思う人がいることを」
これは余計なお世話かもしれない。でも、やっぱり伝えたかった。
『……っ! そっか、ありがとう。……ボクって生まれてきてもよかったのかなぁ』
「もちろんだよ。あなたが生まれてきてくれて、生きていてくれて私は嬉しい。だってこうして出会えたんだから」
出会いには不思議な力がある。いつか誰かが言っていた。
ここで会ったからには、黒猫の辛い記憶を見たからには放っておくという選択肢はない。
私は、黒猫を助けたい。
「……永遠の眠りにつくのは今じゃないとだめかな?」
『……え?』
「もう少し、生きてみない?」
『でも、ボクには行くあてもないし、何より……』
そう言おうとしたのだろう。
痩せ細り傷だらけになり体も心も消耗している。このまま何もしなければ確実に生命がなくなる。
これはきっと黒猫自身が一番分かっていることだ。
「行くあてならある。私たちのところに来れば良いよ」
父様の許可は……、後で取ろう。
「あなたが生きたいと思ってくれるのなら、私はその手助けができる」
そう、できる。絶対にできる。
そうだよね、父様。
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