第2章 死の森
第8話 死の森
背の高い木々、薄暗い獣道、ひんやりとした空気。
旅を始めてから数日経った今日、私たちは森の中を歩いていた。
「大丈夫? 疲れてない?」
「……少し、疲れたかも」
森に入ってからどれくらいが経ったのだろう?
10分かもしれないし、1時間かもしれない。はたまた3時間くらい経っている気もする。
体内時計がおかしくなっているのか、足場の悪い獣道を歩くことに集中していたからなのか、時間の感覚が分からない。
日の高さを見ようにも空は木々の葉に隠されている。
「あそこに空が見える場所があるから一度休憩しようか」
「うん、ありがとう」
父様が指差した方向を見てみると、木々の途切れた場所がある。
そこは不思議な場所だった。
森の中でそこだけ木がない。足首に届かないぐらいの草だけが生えている。
父様はその上に大きめの布を敷き、私に座るように促した。
「……ありがとう」
私の隣に父様も座った。
空は茜色に染まり、夜を迎え入れる準備をしている。
もうこんな時間か。
森に入った時は日が真上にあったのに。そんなに経っていたなんて。
やっぱり私の時間感覚は狂っている。
ゆっくりと流れる雲、頬を撫でる風、葉が擦れ合う音、深い緑の匂い……。
視覚、触覚、聴覚、嗅覚……。あらゆるもので自然を感じる。
しばらくの間、私たちは何も語らずただ空を見上げていた。
「……夜が始まるね」
そんな沈黙を破ったのは父様の一言。
空は段々と暗くなってきていた。
「……そうだね」
「さて、そろそろ行こうかと思うんだけどエヴァ、水は飲んだ?」
「……あ、飲んでなかった」
私は鞄から水筒を出し、水を飲む。
水が体に染み渡っていくのを感じた。体が求めていたのだろう。
「……大丈夫かな?」
「うん」
「それでは行こう」
私たちは再び歩き出した。
空は暗くなったはずなのに、森の中は不思議と明るさが変わらない。
そういうものなのかな?
……今更だが夜の森はできるだけ歩かない方が良いのではなかったっけ?
ふと父様に教わったことを思い出す。
疑問に思ったことはとりあえず聞いて、とも言っていたし聞いてみよう。
「あの、父様」
「何かな?」
「以前、夜の森はできるだけ歩かない方が良いって教えてくれたよね?」
「うん、教えたね」
「それなら、夜の森を歩いている今は大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だよ。なぜならこの森は少し……、いや、かなり特殊だからね」
特殊? もしかして時間の感覚が狂っているのもその「特殊」だからなのかな?
「……ごめんね、話し忘れていた。この森は『死の森』と呼ばれているんだ」
「死の森……?」
「死」、それは生きるものに等しく与えられる逃れられないもの。
そんなものの名前が付いているのはなぜだろう?
そして、この森に入ってから動物の声を一度も聞いていない気がする。これは死の森と呼ばれていることに関係があるのかな?
「そう、死の森。こう呼ばれているのは——」
『……にゃぁ』
突如、静かな森に私たち以外の音が響く。
『……にゃーん』
それは猫の声。
寂しそうな、悲しそうな、誰かを呼んでいるような声。
「……ねぇ、とうさ、ま?」
父様が、いない?
私の前を歩いていたはずなのに。
猫の声に気を取られている一瞬のうちにはぐれてしまったのだろうか?
「……父様? どこにいるの?」
私はその場に立ち止まる。
辺りはどこを見ても木、木、木。
自分がどちらから歩いてきたのか、どちらに向かっているのか。方向感覚さえも分からなくなってしまった。
風も吹いていないのに時折揺れる木々、ふわふわと動く妖しい光、くすくすと笑う誰かの声。
一人になった途端、さっきまではなかったはずの現象が起き始める。
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