第2話 種族

「ところで、あなたは誰ですか? それと私は誰ですか?」

「うん、説明するね。まず、私はノヴァ・クレプスクルム、君の保護者。そして君はエヴァ・クレプスクルムだよ」


 ……エヴァ。私はエヴァ・クレプスクルム。当たり前かもしれないが、以前からそうであったかのようにしっくりとくる名前だ。

 そしてこの人が私の保護者? それならもしかして……。


「ノヴァさんは私の父様、ですか?」

「……」


 父様はなぜか固まってしまった。

 瞬きもせず、微動だにもしない。顔の前で手を振ってみても無反応だ。

 大丈夫、なのか?


「あの、父様?」

「……す、すまない。かなり、かなり驚いた。まさかエヴァにそう呼ばれる日が来るとは思っていなかったから」

「そうなんですね? あの、父様と呼んでも大丈夫ですか?」

「うん、驚いただけだからもちろん大丈夫。……さて、今からエヴァに必要最低限知っておいてほしいことを話すよ」

「は、はい、なんでしょう?」


 さっきまでの穏やかな雰囲気とは打って変わって真面目な雰囲気になる。

 つい、ごくりとつばを飲み込んでしまった。


「必要最低限知っておいてほしいことは2つ。1つ目は、エヴァが約100年間眠っていたこと」

「……え? それなら、どうして私は生きてるんですか? 100年も経てば寿命がきてしまうのでは?」

「私たちに寿命はないよ?」

「寿命が、ない?」


 どういうこと? それに、私って。


「そう。私たちはヴァンパイアだからね。寿命がないんだ」

「……ヴァンパイア、ですか?」

「うん。……エヴァは獣人やエルフって知ってる?」


 獣人は分かる。猫や狼、狐など動物の特徴を持って生まれてくる人だ。耳が動物のそれだったり、尻尾がついていたりする。

 エルフもなんとなくだが分かる。耳が尖っており、金や銀色の髪と碧い瞳を持つ者が多い。魔法が得意で人間の数倍長く生きると聞いたことがある。

 でもヴァンパイアは聞いたことがない。

 ……獣人とエルフについて、どうして私は知っているんだろう?

 考えても答えは出てきそうにないから、とりあえず置いておこう。


「獣人とエルフはなんとなく知ってます」

「それなら説明が早いね。この世界アエテルニタスにはさまざまな種族がいる。『人』というものに分類される種族は、人間、獣人、ドワーフ、エルフ、龍人、ハイエルフ……、そしてヴァンパイア。人間が一番多くてヴァンパイアが一番少ない。私とエヴァはそのヴァンパイアという種族に属している」


 父様は私の方へ手を伸ばし、そっと耳に触れた。


「この少し尖った耳がその証の一つだね」

「……!」


 自分の耳にそっと触れてみると確かに少し尖っていた。父様の耳も少し尖っている。

 ……私ってヴァンパイアなのか。人間では、なかったのか。

 なんとも形容しがたい違和感があるが、見て見ぬふりをした。


「そして私は始まりのヴァンパイアと呼ばれている」

「始まりのヴァンパイア……?」

「そう、始まりのヴァンパイア。この世界に存在するヴァンパイアはね、皆私と繋がりがあるんだ。……詳しいことはいつか話すよ」


 父様は寂しそうに笑い、言った。


「さて、必要最低限知っておいてほしいことの2つ目は私たちの種族についてだったが、もう話してしまったね」


 私が100年間眠っていたこと、そしてヴァンパイアについて。父様は必要最低限と言ったが、思った以上の情報量に混乱してしまった。

 頭の中がぐるぐるしている。100年、ヴァンパイア、始まりの、アエテルニタス、種族、寿命がない……。

 さまざまな言葉が思考の中で遊んでいる。


「……エヴァ、ゆっくりで大丈夫。焦らなくていいからね。私は向こうにいるから何かあったらいつでも呼んで」


 父様は私を寝かせ、部屋から出ていった。

 100年も眠っていたのか。どうりで体も動かなかったし声も出なかったわけだ。

 そんなことを考えながら天井を眺める。

 今の状況や父様から聞いたことについて考えるのを放棄して、ぼんやりと木目を数える。

 私はいつの間にか目を閉じ、夢の世界へと入っていった。


 父様と母様と手を繋ぎ、庭を散歩する夢。なんてことのない日常の夢。

 覚えていないはずなのに分かる。

 これは小さな頃の私の記憶。毎日が幸せだった頃の記憶。

 だけどうつつに戻る頃には忘れてしまうんだろうな。

 ……忘れたくないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る