第7話 出立

「——ねえエヴァ」

「どうしたの? 父様」


 テーブルを挟んで座り、夕食のシチューを食べている時。

 突如スプーンを置いた父様は真面目な顔をして私に話しかけた。

 その雰囲気に押された私はスプーンを置き、姿勢を正す。


「……旅をしてみない?」

「……旅?」


 突然どうしたんだろう?

 でも、旅か……。なんだか素敵な響きだな。


「そう、旅。この世界アエテルニタスを見て回る旅」

「どうして突然?」

「ふと旅をしていた頃のことを思い出してね。あの時見たものをエヴァと共に見たくなったから」


 父様は旅をしていたのか。だから様々なことを知っているのかな。

 そして、世界を父様と一緒に見る、か。

 考えるだけでも心が弾む。

 そんなことを考えていると、父様は立ち上がり私の前に来る。座っている私に目線の高さを合わせ、言った。

 

「エヴァ、私のわがままに付き合ってくれない?」


 今の生活もかなり気に入っているが旅をするのも楽しいだろう。

 何より、この目で世界を見てみたい。

 様々な土地、様々な魔法、様々な人……。見たいもの、学びたいこと、知りたいこと……。

 旅をしたらきっとたくさんのものを得られる。

 私は父様の手を取り、答えた。


「もちろん! 私も父様と一緒にこの世界アエテルニタスを見たい!」

「……! ふふ、ありがとう。エヴァが乗り気なようで私は嬉しいよ。さて、そうと決まれば明日にでも出立しよう」

「……明日?」

「うん、明日。思い立ったがなんとやら、というからね」


 そうして私たちは旅に出ることになった。

 今日は期待と緊張で眠れなさそうだな。

 そんなことを考えながらスプーンを手に取り食事を再開した。


***


 案の定ほとんど眠れなかった。そこまで睡眠を必要としていないから良いのかもしれないが。

 歯を磨き、顔を洗い、動きやすい服に着替える。これで身支度は完了だ。

 父様は動きやすい服に着替えるだけで良いと言っていたが、本当にこれだけで良いものかと心配になる。

 だが、言われたこと以外に何をしたほうが良いのかも分からない。

 とりあえず、階段を降りて父様が居るであろうリビングへ行こう。


 リビングに行くと家具に布を被せる父様の姿があった。


「父様おはよう。何をしているの?」

「おはようエヴァ。これは埃除けの布。こうして被せることで家具が埃を被らないようにしているよ」

「そうなんだ。何か私に手伝えることはある?」

「そうだね。……エヴァの部屋の家具にも埃除けの布を被せてきてくれる?」

「もちろん」


 私は父様が指差した布を持って自分の部屋に向かう。

 悪戦苦闘しながらも大きな布をベッドやサイドテーブル、椅子に被せた。

 リビングへ戻ると父様はテーブルと椅子以外の家具に布を被せ終わっていた。


「おかえり。さて、朝食を食べようか」


 父様は空間を掴むように手を動かす。するとその手にはバスケットが。

 数秒前まではなかったはずのそれをなぜか父様は持っていた。

 ……魔法、かな?

 これはきっとすごいことなのだろう。

 そんなことを自然とやってのける父様は何者なのか。ふとそう思った。

 父様はバスケットをテーブルに置き、被せている布を取る。

 中にはサンドイッチがぎっしりと入っていた。


「エヴァ、食べないの?」

「……た、食べる」


 渡されたサンドイッチを食べながら父様に聞いてみる。


「あの、さっきのって魔法なの?」

「ああ、あれは空間魔法という闇属性の魔法だよ。エヴァも練習すれば使えるようになるんじゃないかな」

「そうなんだ」


 うんうんと頷きながら父様はサンドイッチを食べる。

 ……あ、これ程よく甘くて美味しい。

 二つ目に食べたサンドイッチにはバナナと生クリームが入っていた。




「——美味しかったです」

「それはよかった」


 一足先に食べ終わっていた父様は嬉しそうに言った。

 そしてまた空間を掴むようにして手を動かす。その手には灰色の布と同じ色の小さな箱があった。


「はい、どうぞ。広げてみて」

「うん、ありがとう?」


 何だろうと思いつつ、渡された布を広げてみる。

 ……これ、フード付きのローブだ。


「羽織ってみて」


 言われるがままに羽織ってみる。

 ……ちょうど良い長さ。父様、いつの間に用意したんだろう?


「うん、良い感じだね。次はこれ、開けてみて」


 父様は小さい箱を渡してくる。

 開けてみると小さな黒い宝石が付いた耳飾りがあった。


「……可愛い。これどうしたの?」

「これはね、宝石に守護の魔法を込めて作ったものだよ。一度だけエヴァの身を守ってくれる。旅は何があるか分からないからね。念の為作ったんだ。良かったら付けてくれない?」

「うん、付けてみる」


 私は耳飾りを付けてみた。

 ……これで付けられているよね?


「……どうかな?」

「似合っているよ」

「ありがとう」

「うん。……それと、これも」


 そう言って父様はどこからか肩掛け鞄を取り出した。

 灰色がかった白い鞄は私の両手から少しはみ出すぐらいの大きさだ。


「……これは?」

「空間魔法を埋め込んである鞄だよ。このリビングにあるものがちょうど全て入るくらいの容量がある。何か持っていきたいものがあったらこれに入れてね」

「そ、そんなに入るんだ。でも、ありがとう。持っていきたいものがいくつかあるから使わせてもらうね」

「それじゃあ、エヴァの準備ができたら出立しようか」

「分かった」


 私は急いで自分の部屋に行く。

 確かここに……、あった。

 探していたのは数冊の本。

 一冊目は「アエテルニタス始まりの詩」。そのタイトルの通り、この世界アエテルニタスの始まりを記した物語だ。

 二冊目は「魔法のすべて」。この一冊に書いてある内容を網羅すれば存在するほとんどの魔法が使えるようになるというもの。ただ、その内容はかなり難しい。私一人では言葉の意味をも理解できない程に。

 三冊目は「魔力と生き物」。魔力と生き物の関係性について書かれている。

 その他にも、動物図鑑や植物図鑑も持っていっておこう。


 本の他に着替え一式も用意して鞄にしまう。

 私は忘れているものやことがないか確認をしながらリビングに戻った。


「エヴァ、準備はできた?」

「うん、できたよ」

「それでは行こうか」


 父様は頷き、言った。そして外へと通じる扉を開け、一歩踏み出す。

 私は扉の前で一度深呼吸。

 ……よし、行こう。


「いってきます」


 この世界アエテルニタスを見て回る旅へ、いざ出立。

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