第6話 日常

 目が覚めたらいつもの天井があった。

 窓から差し込む光から考えるに今は朝だろう。

 あれ? いつの間に眠ったんだろう? 確か、リビングに行って椅子に座って……。

 記憶が途絶えている。この時に眠ってしまったのかもしれない。

 それにかなり長く眠っていた気がするな。

 そんなことを考えながらゆっくりと起き上がる。

 そしてベッドの右横にあるカーテンを開け、窓の外に視線を移した。そこには青い鳥の姿が。

 青い鳥は幸せを運んでくる。

 ……こんなことどこで覚えたんだろう。でも、何か良いことがありそうだな。

 ふとそう思った。


「エヴァ、目が覚めた? 入っても大丈夫?」


 扉の外から父様の声がした。

 ……どうして起きたことが分かったんだろう?

 と考えつつも返事をする。


「はい、大丈夫です」


 父様は扉を開け部屋に入ってきた。


「おはよう、調子はどう?」

「おはようございます。調子、ですか……」


 体の調子に意識を向けてみる。

 ……体ってこんなに軽かったっけ?

 腕を動かす動作一つとっても、昨日までとは比べものにならないくらい楽に動く。


「……調子、かなり良いです。自分でも驚くくらいには」

「それはよかったよ。昨日は気づいたらリビングで眠ってしまっていたからね。心配していたんだ」


 やっぱり眠ってしまっていたんだ。

 きっとリビングの居心地が良かったからだろう。


「さて、朝食はもうすぐできるから支度ができたら降りてきてね」

「分かりました」


***


 しまった。一人では階段が降りられない。

 それに気づいたのは支度が全て終わった後、部屋を出て階段の前まで来た時。

 余りにも体の調子が良いから忘れてしまっていた。昨日まではなんとか歩けるぐらいで階段なんてつまずく自信すらあったのに。

 ……そういえば今日、すたすたと歩けてない? この感じなら階段も大丈夫かも?

 よし、やってみよう。

 階段の手すりに掴まり、そっと一歩を踏み出す。

 ……うん、大丈夫そうだ。

 一段、また一段と慎重に階段を降りる。

 後一段……、よし。

 私は無事に階段を降りることができた。

 でも、どうして突然調子が良くなったのかな? ……やっぱり魔法水エリクサーのおかげか。


「やはり一人で降りられるようになったんだね。さあ、こちらへおいで。朝食ができているよ」

「……? ありがとうございます」


 父様、何か言った? 「さあ」の前に何か呟いていた気がするが。

 まあそこまで気にするほどのことでもないか。


***


 青い鳥を見かけた日から私の生活は大きく変わった。

 寝て起きて食べてぼーっとして、なんていうただそこに生きているだけのような生活からはおさらば、父様の提案で勉強と運動をしてみることになったのだ。


 この世界について、種族について、魔法について、魔物について、ヴァンパイアについて。

 父様から様々なことを教えてもらっている。

 ちなみに家事のやり方も教わっている。今後できることを増やし、その家事を完全に任せてもらうのがちょっとした夢だ。

 父様は家事をやっている私も見守ってくれるから。少し過保護だとは思う。


 こんな生活になってから何より変わったことは、必要な睡眠時間が少なくなったことだ。

 それもそのはず、ヴァンパイアは基本的に睡眠をほとんど必要としないらしい。

 あの日から調子が良くなり、睡眠時間もそこまで要らなくなったのではないかと父様からは聞いた。


 そして今は運動という名の散歩中だ。


「エヴァ、この生活には慣れた?」

「はい、様々なことを学んだり外を散歩したり、毎日が楽しいです。勉強と運動の提案をしてくださりありがとうございます」

「ふふ、どういたしまして。楽しんでくれているようでよかったよ」


 新たな知識を得たり、実際にその知識を使って何かをしたりするのは本当に楽しい。

 その中でも魔法についての勉強は格別に好きだ。

 今では水を生み出す魔法や火を起こす魔法などの簡単な属性魔法を使えるようになった。

 まだ父様のように一瞬でできるわけではないが、いずれはそれができるようになりたいと考えている。


「……ところでなんだけど」

「なんですか?」

「エヴァはどうして私に対して敬語を使うの?」


 ……敬語を使っている理由?

 改めて聞かれるとなんと答えて良いのか分からない。

 それに、どうして突然そんなことを聞いてくるんだろう?


「……なんとなく、ですかね?」

「なんとなくなんだね。それなら敬語で話すのはやめにしない? 私はエヴァのなんだから」


 確かにに、家族に敬語で話すのは不思議だし寂しい感じがする。

 よし、敬語で話すのはやめにしよう。


「……わかった。これからはこんな風に話すね」

「……! うん、ありがとう」


 父様は嬉しそうに笑った。

 もしかすると私が敬語で話すことに寂しさを感じていたのかもしれないな。


 そんなこんなでゆっくりと時間は流れていく。

 私はこの日常が好きだ。

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