第12話 夜の名を冠する者【黒猫視点】

『……あれ? ここはどこ?』


 気づいたらどこを見ても真っ白な空間にいた。

 確か、大きな木のうろにいて、人間? のお姉さんに抱きかかえられて、あたたかくて心地よい光に包まれて……。

 それで眠ってしまったのかな?

 それとも、もしかしてボク死んじゃった?


『大丈夫、それは違うよ』


 この声って……。

 おそるおそる振り返ってみると、そこには真っ白な猫がいた。

 いなくなったんじゃなかったの? 死んでしまったんじゃなかったの? どうしてボクの目の前にいるの?


『……父さん』


 聞きたいことは山ほどあるのに口から出てきたのはそんな言葉。

 父さんは困ったように笑い、ボクを抱きしめた。

 ……あたたかい。父さんだ。


『よく、がんばったね』


 大好きな父さんが、またボクに笑いかけてくれた。ボクを見てくれた。ボクに話しかけてくれた。ボクをあたためてくれた。


 しばらくの間、ボクは父さんのあたたかさを感じながら泣いていた。


『——落ち着いたかな?』

『……うん』

『それはよかった』

『うん。ところで、ここはどこなの?』

『ここは妖精の夢。まあつまりは夢の中だね』


 妖精の夢? ここは夢の中? じゃあどうして父さんと話せているの? これも全部ボクの夢、なの?


『そんな顔しないで、僕はここにいるから。僕の意志でここにいるから』

『そう、なの?』

『うん、そうだよ。どうしても話したいことがあってね』

『話したいこと?』


 父さんは真面目な表情をして話し出す。


『……母さんから僕のことをどう聞いている?』


 母さんから……。

 思い出すのも苦しい記憶だけど、言わないといけない。そんな気がした。だからボクは言われたことをそのままに伝える。


『——そんなことを。……いいかい、確かに僕は殺された。だけどそれは決してお前のせいじゃない』

『じゃあ、じゃあどうして父さんは殺されたの?』

『少し、悪い人間に目をつけられてしまってね』


 どうして笑っていられるの?

 自分を殺そうとした者の話なのに。


『でも、大丈夫。あれは仮の体だったから』


 何が大丈夫なの? 仮の体? 聞きたいことはあるけれど、聞かせてくれる雰囲気ではない。


『それよりもこれを伝えさせて』

『……何?』

『生まれてきてくれてありがとう。生きるという選択をしてくれてありがとう。僕の大切な子』

『……っ! そっか、ボク、生きるっていう選択をしてよかった』

『うん、本当によかった。……あの子には感謝しないとだね』


 あの子……。人間? のお姉さんのことだろう。

 ボクは大きく頷いた。

 でも、どうして知ってるんだろう? どこかからボクの行動を見ていた、とか?

 夢の中で会いに来てくれるということがあるくらいなんだから、それもおかしくはないか。


『……もう、時間か』

『……え?』

『体を見てごらん』


 ボクの体が、透けてる?

 後少ししかこの場所には居られない。それを不思議と分かってしまった。


『……父さん! ボク、まだ一緒に——』

『それはダメだよ。お前にはお前のいるべき場所がある。大丈夫、きっとまた会えるさ』


 父さんの姿が、声が、温もりが、だんだんと離れていく。


『絆の名を冠する妖精、ウィンクルムは愛し子を祝福する。……愛しているよ。僕の大切な子、ノクティ——』


 心地よい光に包まれながらボクは落ちていく。夢の中から現実へ。

 なぜか忘れてしまっていたこと。それをふと思い出した。

 ノクティ、それはボクの名前。

 父さんが付けてくれた大切な名前。

 もう大丈夫。もう忘れない。


 夜の名を冠するボクの名前。

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