第13話 祝福のうた【ノヴァ視点】

「……っ!?」


 後ろに感じていたエヴァの気配が突然消えた。もちろん振り返っても誰もいない。

 あの耳飾りに込めた魔法が発動された感じはないからエヴァはきっと無事だ。

 だが、どういうことだろう? そこにあった気配が消えるというのは通常ではありえないはず。

 不自然に思いながらも私は探索魔法を発動した。


 ……いない?

 探索魔法を使ってもエヴァは見つからない。

 まるで誰かが意図的に隠しているような。……そうか、そうだった。ここは死の森。

 確実にこの森のあるじが関わっている。そうときたら本人に直接聞かなければ。


「……レジーナ、聞いているよね。エヴァをどこに隠したの?」


 この森の主——レジーナはどこかで必ず聞いている。それはこの森の至る所に彼女のがあるから。

 だが何の反応もない。

 このままただ呼んでいるだけでは出てこないだろう。

 ならば強硬手段を使うしかない。

 私はゆっくりと右手に魔力を集中させていく。この濃い魔力を一気に放出するとこの辺り一体にレジーナたちは住めなくなる。それを放っておくほどこの森の主は考えなしではないはずだ。

 半ば脅しのようなことをしているのは分かっているが、これ以外で思いつく手段もない。……レジーナには後で謝ろう。


『ノヴァ、あなたなかなか大胆なことをするわね』


 楽しそうな声と共に強い魔力の気配がした。目の前には金の髪と新緑色の瞳を持つ妖精、レジーナの姿が。

 ……気配が二つ? 一つはレジーナの魔力だろう。もう一つは……。


『久しぶりね、ノヴァ。100年振りかしら』

「久しぶりだね、レジーナ。ところで今の魔力は何?」

『さあ、何のことかしら? それよりもわたくしに聞きたいことがあるのではなかった?』


 かわされた。相変わらずレジーナには勝てない。


「そうだね。エヴァをどこに隠したの?」

『……ふふ、もう良いかしら』


 レジーナは楽しそうに笑い、歩き出した。おそらくエヴァのもとへ行くのだろう。

 多くを語らず気分で行動する。この気まぐれさも相変わらずだ。

 そんなことを考えながら私はレジーナについていく。


『——光は照らす。闇は守る。水は生み出す。火は変える。風は動かす。土は育む。

 妖精の女王、レジーナはあなたを照らす光となりましょう。

 さきが見えぬと嘆くとき、進むべきみちを見失ったとき、暗がりを照らすみちしるべとなりましょう』


 レジーナはうたい出した。静かに、確実に、囁くように。

 知りもしない言葉なのに意味が伝わってくる。

 これはきっと、妖精の祝福のうた。祝福、それは妖精が気に入った者に対して己の力の一部を授けること。

 よほど気に入った者ではない限り、祝福はしないはず。いったい誰に対して祝福をしているのだろう?


『世界を裏切るその日まで、あなたの力となりましょう。

 定められた運命を共に歩んでいきましょう。

 我が愛しい子どもたちに、心からの祝福を。

 ——愛し子ノクティと救援者エヴァに、心からの祝福を』


 目の前には大木が、そのうろには黒猫を抱えて眠るエヴァの姿があった。

 ……月の、女神?

 月光に照らされ淡く光るグレーの髪、色とりどりの妖精に取り囲まれるその姿からは神々しささえ感じる。

 この辺りにはかずえられない程の妖精が集まってきていた。

 な者は妖精たちに好かれやすい。

 こんなにも妖精に好かれているエヴァは確かに真っ直ぐだ。

 ……私からは遠く離れた存在だね。

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