第17話 妖精の森
私はノクティを肩に乗せ、レジーナさんと父様と一緒に死の森を歩いている。
不思議とレジーナさんが歩こうとしている道は整っていく。まるで地面が意思を持っているよう。
おかげで足場の悪い獣道を歩かずに済んだ。どうしてそうなっているのかは分からないが、とてもありがたい。
肩に乗ったノクティはきょろきょろと辺りを見回している。
「何かあるの?」
『ううん、何もないよ。でも、いつもと見える景色が違って面白いからつい色々見たくなっちゃった』
「ふふ、そっか。落ちないようにだけ気をつけてね」
ノクティはもちろんと言うように頷いた。
……さっきから気になっていたんだけど、この光は何だろう?
時折優しく光る妖しいもの。赤、青、緑、茶、白、黒……。様々な色の光があるけれど、大きくはこの6つに分けられる。
光の他にも不自然に揺れる木々やたまに聞こえる誰かの笑い声。この森は「死の森」と呼ばれているからか、不思議なことがたくさん起こっている。
……そもそもどうして「死の森」と呼ばれているんだろう?
「死」という言葉がつく割に、この森は不思議な気配で満ちている。
生き物は一匹たりとも見かけてないけど、その他の、もっと別の何かの気配がする。
うーん、考えても仕方がないか。
「……ねえ、父様。どうしてこの森は『死の森』と呼ばれてるの?」
「そうだね。それについては、……せっかくだからレジーナに聞いてみようか。私も説明できなくはないんだけどね。レジーナ、どう?」
『この森が「死の森」と呼ばれている理由ね? 確かにそれはわたくしが話した方が良いわ』
そう言ってレジーナさんは話し出した。
『死の森について話す前に、一つだけ。……この森の本当の名は「妖精の森」。わたくしたち妖精が住まう森よ。そしてわたくしは、光の妖精の女王でありながらこの森の主でもあるの』
「……妖精の森」
それならもしかして、この妖しい光って妖精?
風も吹いてないのに揺れる木も、誰かの笑い声も、レジーナさんが歩こうとしたところの道が整っていくのも、全部妖精がやったこと?
確かにそれならば今までの不思議現象も納得がいく。
『ええ、そうよ。妖精はね、イタズラが大好きなの。森に迷い込んだ者がいたらまず、驚かせたり怖がらせたりするわ。木を揺らしたり笑い声を聞かせたりするだけで、害を与えることはないけどね』
あれは妖精のイタズラだったのか。
驚いたし少し怖くなったけど、あの時はそれどころじゃなかったからなぁ。
『そして、この森は強い魔力に包まれているの。魔力の少ない者が強い魔力にあてられると魔力酔いを起こし、体調が悪くなったり感覚がおかしくなったりする。そんな妖精のイタズラや魔力酔いを恐れた者、つまりは人間が「死の森」と呼び始めたのよ』
「死の森」は人間が勝手に呼び始めただけなのか。
確かにそう呼び始めた人間の気持ちも分かる。知らないもの、理解できないものは怖いから。
時間感覚や方向感覚が狂ったり、父様が「魔力の感覚が狂う」と言っていたのは、この森が強い魔力で包まれているからなのだろう。
これが魔力酔いなのかな。
『ちなみにだけど、人間以外の種族はここを「妖精の森」と呼び、必要以上に恐れはしないわ。妖精と魔力にイタズラされたくなかったら不用意にこの森へ近づくな、そうやって子どもの頃に教わるのが一般的ね。……この説明で分かったかしら?』
「はい、よく分かりました。教えてくださりありがとうございます」
『それはよかった』
レジーナさんは微笑んで言い、足を止める。
『……さあ、着いたわ』
レジーナさんが指した先はこの森の出口だった。
そう明確に分かるほどこちら側と向こう側は全く違う。
明るさ、植物や地面の色、生き物の気配、流れる時間……。妖精の森に
『エヴァ、ノクティ、少し良いかしら?』
そう言われ、不思議に思いつつもレジーナさんに近づく。
するとレジーナさんは私の額とノクティの額にキスをした。
……こ、これ、は?
ノクティと顔を見合わせて驚いていると、二人の笑う気配がした。
『突然ごめんなさいね。今のはわたくしからのおまじないよ』
「ふたりともかなり驚いていたね」
『ノヴァ、あなたもよ』
そう言い、レジーナさんは父様の頬にもキスをする。
父様は固まってしまった。
「父様もかなり驚いてるね」
『ふふ、そうだね』
ノクティとそんな話をしていると、父様は動き出した。
「……レジーナ、私は良いから」
『久しぶりに会ったんだもの。これくらいはさせて』
「…………うん、ありがとう。さて、行こうか」
「うん。レジーナさん、ありがとうございました」
『ありがとうございました!』
『いいえ、こちらこそありがとう。……あなたたちに幸多からんことを。また会いましょうね』
そうして私たちは妖精の森から一歩踏み出した。
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