第15話 女王

『——光は照らす。闇は守る。水は生み出す。火は変える。風は動かす。土は育む』


 ……歌?

 聞いたこともない言葉なのに意味が伝わってくる。


『妖精の女王、レジーナはあなたを照らす光となりましょう』


 真っ暗な世界に光がひとつ。

 私はそれに向かって歩き出した。


『さきが見えぬと嘆くとき、進むべきみちを見失ったとき、暗がりを照らすみちしるべとなりましょう』


 それは近いようで遠くにあって、遠いようで近くにある。


『世界を裏切るその日まで、あなたの力となりましょう』


 優しい追い風が背中を押した。


『定められた運命を共に歩んでいきましょう』


 隣に誰かの気配を感じた。


『我が愛しい子どもたちに、心からの祝福を』


 私は光に手を伸ばす。


『——愛し子ノクティと救援者エヴァに、心からの祝福を』


 名前を、呼ばれた?

 そう思った瞬間、あたりを光が包み込んだ。


***


「——さあ、お目覚めの時間だよ」


 遠くで父様の声が聞こえた。

 私は心地良い微睡みからゆっくりと覚めていく。

 まぶたを開き起き上がると、私の目線の高さでかがむ父様の姿が。腕の中では黒猫が規則正しく呼吸し、眠っている。


「おはよう、エヴァ」

「……父様、おはよう?」


 あれ? 私はいつの間に眠っていたんだろう?

 確か、黒猫を生かすために魔法を発動して、傷を治して、体の力が抜けていって……。そうだった。魔力を大量に使って眠ってしまったんだった。

 黒猫は……、大丈夫みたい。よかった。

 でもどうして父様がここに? はぐれてしまったよね?


「あの、とうさ、ま……?」


 父様の隣には金髪に初夏の緑のような色の瞳をもった女性がいた。背中にはきらきらと光る蝶のような羽が生えている。


「……きれい」

『あら、ありがとう』


 声に出てた!?

 その女性が人ではないようなくらい綺麗で思わず言ってしまった。

 女性は嬉しそうに笑い、父様はなぜか苦笑している。

 ところでこの人は誰なんだろう? 父様とは仲が良さそうだけど。


『……自己紹介をしなくてはね。わたくしはレジーナ、光の妖精の女王よ。よろしくね』


 レジーナさん、光の妖精の女王。

 ……うん? 妖精の女王? つまりレジーナさんも妖精ってことだよね?

 羽も生えているし、きっとそういうことなんだろう。

 あ、私も自己紹介しないと。


「私はエヴァ・クレプスクルムです。よろしくお願いします、レジーナさん」

『ええ、よろしくね』


 にこりと笑ったレジーナさんはやはりとても綺麗だ。


『……突然だけど、エヴァには感謝を伝えたいの』

「感謝、ですか?」

『そうよ。ノクティを救ってくれたから』


 レジーナさんは黒猫、ノクティが妖精の愛し子と呼ばれる存在であること、ノクティ本人が生きることを諦めていて妖精たちではどうしようもなかったことを話してくれた。


『——というわけだから、感謝を伝えさせて。……ノクティを救ってくれてありがとう。わたくしの、わたくしたちの大切で愛しい存在を救ってくれてありがとう』


 ……まさか感謝されるとは思ってなかった。私がやりたくてやったことだったから。

 でも、そうだね。自分のやったことにありがとうと言われるのは素直に嬉しい。

 だから私は笑顔を浮かべて言う。


「……どういたしまして。黒猫を、ノクティを助けられてよかったです」

『う、ん……? ボクのこと、呼んだ?』

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