第16話


 レンがタクトの兄ならば、ヨミは年の離れた姉か母といったところだった。ヨミの温かく優しい手を握ったあの日から、タクトの目に映る世界には色がついた。それは、糸の世界が美しいという意味ではなかった。


「ヨミさんは、僕があやとりで遊んでいるところにやってきたんだ。一緒に世界を創ろうって言ってくれた。でも他の人は違う。何かを編んでいるところを、ヨミさんに認められて編み人になってる」


 例えばカシワの場合、片腕だけで多様なものを編めた。それも一つの強みだったが、カシワがヨミに見せたのは、町の再構築だった。内戦直後の荒廃し破壊された町の中で、カシワが住居や病院を優先的に編み、人々の暮らしを支えるのに大きく貢献したのだ。

 後に生まれたワラビは、活気が戻りつつあったこの町に花を添えた。カシワが編んだ公園に、ワラビが花畑を編んだ。そんなワラビを見て、ヨミが花輪をワラビに贈り、病弱なワラビに編み人としての道を示した。


「僕は最初から何かを編めたわけじゃないんです。人に教えられて、やっと形になっただけ。ただ、他の編み人とは違う事を知っているから、偶然ヨミさんの目に止まったんだと思います。それには大きな意味はなくて、孤児だった僕に、編み人としての生きがいを与えてくれたんだと⋯⋯」


 レンは首を傾げた。レンは賢い青年だが、この時ばかりは答えが見つからないようだった。


「それで、お前は一体何を知っているんだ?」


「あやとりですよ。あやとりは、両手に輪っかにした糸をかけて好きな形を作っていく。そうやって遊び終えたら、最後にその糸を解く。複雑な形でも、解き方を知っていれば簡単に解けます。それと同じ要領で⋯⋯この糸の世界も解けます」


 普段から気怠い雰囲気を纏わせているから、レンのその驚愕の表情は一層際立った。


「皆がこの事を知らないと気付いたのは、実は最近なんです。そんな大事な事も知らずに世界を創っていたなんて、どうかしてるんじゃないかって思いました。でも、ヨミさんはそれを知っているし、きっとそれを解く糸はヨミさんが持っている筈。だから、気にしないようにしていたんですけど⋯⋯」


「俺が編むオーロラも、実は簡単に解けてしまうわけか。拍子抜けしてしまうな。そんな脆い世界の中で暮らしていたのなら、人が消えてしまう事も必然だったのかもしれん。ただ、いろんな意味で納得はできねぇな。とにかく、ヨミ様の処へ行こう。消えた人達を元に戻す方法を知っている筈だ」


 タクトがヨミに会うのは、施設から連れ出されたあの日以来だ。厳密に言えば、国の行事にヨミが姿を現す事があって、皆に崇められる中、遠目でその姿を追っている時に一度だけ目が合って微笑んでくれた事があったが、直接話すような事はなかった。


 不意に、レンはシャワーを浴びると言った。不潔さと引き換えに糸を編むレンには、不自然な行為だった。


「編み物に支障が出るかもしれねぇが、流石にヨミ様に会うのにこの体はあり得ねぇからな」


 レンも身なりを気にする事があるのかと言ってタクトは少しだけ笑った。レンはタクトを小突くと、生活感のない浴室へと入っていった。

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