第11話


 カシワが失踪してから数週間が経っても、音沙汰は無かった。北の塔では相変わらず編み人達が黙々と作業をしている。

 この町の雪は、最近ではタクトが一人で編むようになった。タクトはこの町の冬を彩る、立派な編み人になりつつあった。

 ワラビが目を覚ましたのは、カシワの失踪から二ヶ月ほど経った頃だった。


「タクト、カシワさんが行きそうな場所に心当たりはないの?」


「分からない。カシワさん、“踊る少女の影”の話はよくしてくれたのに、自分の話は何もしてくれないから」


 周辺の探索は、北の塔の編み人達が交代で行った。もちろん、タクトも参加した。住民達の聞き込みもやったが、情報は皆無だった。

 北の塔がある町の人口は大凡二万人であるが、聞き込みに応じてくれた家は十数件だけだった。タクトの感覚だが、他の家は居留守ではなく、人の気配がしなかった。

 丘も探した。カシワは居なかった。ミヤコワスレは、変わらずに咲いていた。


「ねぇ、タクト。もう一度、町の人達に聞いて回ろうよ。今度はもっと人が居るかもしれない」


 ワラビと一緒に町へ出ると、数週間前よりも更に静けさを増していた。人の気配は無く、ただ雪だけが綺麗な町だった。

 

「ワラビ、この町はもう諦めよう。きっとカシワさんはもっと遠くに行ったんだよ」


「タクト。あなた、何とも思わないの⋯⋯?」


「そんな事ないよ。僕だってこれでもカシワさんを心配して⋯⋯」


 そこまで言いかけて、タクトはワラビの顔を見て息を呑んだ。顔面蒼白で汗をかき、肩や手は微かに震えていた。


「そうじゃなくて、町に人が殆ど居ないんだよ。お店にも、公園にも。今日訪ねた家は、半分近くは私が知っている家だった。私はこの町で生まれ育ったから、友達の家も回った。大好きなお花屋さんも、昔からよく面倒を見てくれたお爺さんお婆さんのお家も、学校の先生のお家も。でも、誰も居ないんだよ。おかしいよ⋯⋯!」


 ワラビの言葉の意味は理解出来る。だが、人が居ないという状況が、タクトには異常な出来事として認識されていなかった。何の違和感もなく、見過ごそうとしていた。


「おかしいよ。この町も、北の塔の編み人も、タクトも。皆おかしいよ! どうして誰も、何とも思わないの?」


 ワラビはとうとう泣き出してしまった。


「タクトは今、どうしてカシワさんを探しているの? 本気で探してるの?」


「僕は⋯⋯」


 カシワの事は、慕っている。タクトにとっても、カシワはかけがけのない存在だ。だがカシワの身を本気で案じていたかといえば、それは違ったように思えた。どこか、自然の成り行きに任せようとしていた節があった。それはカシワに対する気持ちとは関係なく、本能的にそういうものだろうという感覚を持っていた。

 ワラビに指摘されるまで、タクトはその感覚を疑いもしなかった。


「僕は、一体、何を⋯⋯」


 タクトの顔も青白くなっていった。今この状況の恐ろしさと、自分自身に対する恐ろしさに気を失いそうになった。

 何かがおかしい。この町に、何かが起きている。そしてその底知れぬ恐ろしい何かに、吸い込まれていくようだった。

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