第10話


「物は言いようだな、リュウ。仮にそれが真実だとしても、お前は今のこの糸で紡がれた世界よりも、人を撃ち殺していた世界の方がよかったのかい」


「そうは言ってない。俺は人の尊厳が守れるのなら、どんな世界でもいいと思ってる。でもそれはあの時代でも、この世界でもない。何かに取り憑かれて何も考えられない世界では、人の尊厳は守れない」


「⋯⋯それで、ヨミ様に会ってどうする? あの丘の花を枯らせるつもりか」


 リュウは北の塔の少し奥に見える丘を見た。同時に、風が吹いた。妙に心地がよかった。きっとこの風も、誰かが編んだもの。美しい世界に添える、ほんの些細な飾り。


「いや、もういい。考えてみれば、この世界を否定したところで俺に出来る事は何もないんだ。俺はただ、たった一日で世界を変えてしまったあの影とヨミが恐ろしいだけなんだ。あの丘に花が咲いた事で、いよいよ世界が狂ったのかと思った。お前が今も、銃を手にしていたあの時と変わらぬ気構えを持っている事に賭けたが、無駄だったな」

 

 工場団地を抜けると、リュウは隣町へと向かう汽車に乗るべく駅へと消えた。大柄な背中が、カシワには心無しか小さく見えた。

 

 帰り道、カシワは北の塔を通り越して、タクトとワラビが花を咲かせた丘を登った。ちょうど、黄昏時だった。

 この日リュウに会うまで、カシワは糸の世界において内戦時代に共に戦った軍人とは会わなかった。意図的に避けていたわけではなく、北の塔周辺で生活している中では会わなかった。それを今日まで不思議に思わなかった事が、何より不思議だった。


 花に目をやると、いつもワラビが編んでくれる、見慣れた花が咲いていた。

 ミヤコワスレは、いつかまた死別した妻と自分を引き合わせてくれると信じていた。そうしないと、孤独に苛まれて死んでしまうからだ。カシワはミヤコワスレの前に膝をついた。

 人ならば、愛していた人ともう一度会いたいと願うのはよくある事だ。だから同じ願いを持つ者が居たとしても、何の不思議もない。しかし、糸の世界では、誰かと誰かの同じ願いが、同じ瞬間に心を支配した時に──。


 それは起こる。

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