第7話


「タクト、花言葉って知ってる?」


 凍えて死ぬような寒さなど本当はこの場所には無いのだが、それでも吐く息は白く、二人がその身を縮ませて寄り添う理由になった。


「そういう言葉がある事は知ってるけど、詳しくは知らない」


「例えば、私がカシワさんによく渡している、ミヤコワスレ。あの花の花言葉は、“しばしの別れ”」


「⋯⋯そうなんだ」


「花にはそれぞれ、誰かの人生を象徴するような花言葉があるの。世界中の花を此処に集めて咲かせたから、此処には数え切れないほどの人生が咲いている。私は、それを丘の下に眠る人達とこの世界に生きる人達に捧げたいんだ。私達の人生には、きっと何か意味があるんだって」


 ワラビの心は、きっと地平線なんか軽く越えてしまうくらいに広い。タクトがワラビに対して考えていた事を、ワラビは世界中の人に与えようとしているのだ。


「ワラビ。自分を犠牲にするのは、もう止めないか」


「⋯⋯犠牲だなんて思ってない。だって、私の命はヨミ様が与えてくれたものだから」


「そうだとしても、君には君自身をもっと大切にしてほしいんだ」


 ワラビはタクトに微笑みかけ、タクトの手を取った。手渡されたのは、一輪の小さな花だった。傘のような形をして、サクラのような色合い。


「可愛い花だね。何て言う花?」


「これは、カルミアっていうの。私のお母さんが好きな花。花言葉は、“大きな希望”」


 そう言うと、ワラビはカルミアと共にタクトの手を包んだ。


「カルミアは、私が小さな頃に出会った花。眠っている間、夢の中にも何度も出てきた。きっと、この花は私の人生にとって意味があると思うの。だから私は大丈夫」


 二人で星空を見上げた。

 タクトは、ワラビがこの星空をいつか忘れてしまうと思った。このひとときを、ワラビがタクトと同じように幸せだと思っていてくれたとしても、ワラビはどこまでも優しいから、誰かの幸せのためなら、自分の幸せを捨ててしまう。

 それだと釣り合いが取れない。誰かが、ワラビを愛してあげないといけない。


 タクトは、ワラビを抱きしめた。

 せめて、今夜流れる星の数くらいは、抱きしめる事にした。


「僕が、ワラビの希望になる」


 流れ星は、滅多に出会えないから美しい。こうして夜空を、川の水と同じくらい当たり前に流れてしまうのなら、それは最早美しいものではない。

 この美しくない流れ星がタクトに糸の世界の本質を教えてくれる筈だったが、この日のタクトにはワラビしか見えなかった。

 恋心は、このようにして残酷なのだ。

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