第6話


「ワラビなら大丈夫だって、何度言えば分かるんだ」


 カシワと雪を編みながら、タクトは上の空だった。丘に種を蒔いたあの日から一ヶ月が過ぎたが、ワラビは相変わらず寝込んだままだった。


「ワラビの代償だよ。あいつは病気で、本来なら一生寝たきりの人生だった。ヨミ様がワラビの生命力を、この世界の花と結び付けたんだ。だからあいつは起きて活動できる日があって、花を編める。この前は大きな仕事をしたみたいだから、その反動だろう。編み人としてのワラビの代償は、ワラビ自身の寿命だ。たが、あれくらいでは大きく寿命を減らす事はない筈だ」


 最近になって、カシワの人を気遣う心優しさは本物だとタクトは感じていた。心を殺しながら編み物をしているカシワは、喜怒哀楽をあまり表には出せない。ぶっきらぼうに、目も合わせずに、淡々とタクトやワラビを励まし、見守ってくれる人だった。


「だから、気にするなと言っても気にしてしまうだろうが、気にするな。ワラビはこんなところで死なねぇよ」


 カシワはそう言ってくれたが、タクトは考えても仕方がない事を延々と考える癖がある。何をどうしたって、ワラビは命を削る生き方しか出来ないのだ。

 もしもワラビの人生に意味を与えられるものがあるならば、タクトは何をしてでもそれをワラビに差し出したいと思った。他の編み人のように、自分の心を殺したって構わないと。


 一仕事終えて部屋に戻ると、ベッドの上にメモ紙が置かれていた。ワラビからだった。


「今日は、タクトに約束した良いものを見せてあげる。星空が輝く時間に、あの丘で待ってる」


 自分自身の価値観を時空ごと捻じ曲げてしまうほどの景色を見たことがあるだろうか? 

 タクトの生まれた日は国の記録に残っていないが、これまでの色々な経験からワラビと同年代だろうという事が判明している。ならば、タクトは今年、十六歳の筈だ。編み人としてはまだ少し未熟な年齢だが、大人になって、そこから何十年生きたとしても、この日の景色を忘れる事はないだろう。


 満天の星空。宝石よりも美しい星屑の中を、更に星が流れていく。現実世界では願い事を叶えてくれると言われるくらいには珍しいものが、まるで川の水のように流れていく。どれだけ眺めていても止むことのない流れ星。その流れ星に揺らされるように、オーロラが靡く。それらの輝きに照らされた雪が、しんしんと降り注ぐ。その雪は、丘の大地に咲き乱れる世界中から集められた彩り豊かな花々に優しく落ちていく。

 寒さは感じなかった。息を深く吸っても、肺が凍るような事もない。だから花は枯れないし、タクトもワラビも、目を輝かせて笑っていられるのだ。

 これが誰かの屍の上に立つという事ならば、これ以上美しいものも、残酷なものも無いだろう。


「見せたかったんだ。どうしても」


 タクトとワラビは、二人並んで岩に座った。タクトはワラビの横顔を見つめた。彼女の存在はこの絶景も霞むくらいなのだから、本当の絶景なんて何処にも無いのだろうとタクトは思った。

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