第15話


 レンに保護されてからタクトが初めて話したのは、雪の事だった。


「僕、あれからずっと考えていたんです。いつから雪を好きになったんだろうって。でも分からなかった。レンさんの言う通り、雪が好きだと誰かに言わされてる気がして⋯⋯」


 レンがあの丘の上でタクトを見つけた時、タクトはひたすら雪を編み続けていた。雪を編む事において、もしかするとタクトは秀でた才能があったのかもしれない。丘に咲いた花を無かった事にしたくてそうしたような、酷く暴力的な白さだった。殴り書きのような表現力で以て糸を操るその様は、美しい世界を創るには程遠い光景で、それでも結局この世界は美しく映るのだから恐ろしい。


「これは俺の推測でしかないが、ワラビやカシワのおっちゃんは、誰かの心と“共鳴”してしまったんじゃないか。もしそうなら、お前もそろそろ糸の世界に編み込まれてしまう。雪が好きな誰かの心に、お前の心が取り込まれようとしてる気がしてならねぇ」


「僕が雪を好きな理由がそういう事なら、そうかもしれない。けど、そんな事が本当にあり得るのかな。そんな事で、ワラビ達が消えてしまうなんて⋯⋯」


「まぁ、推測だからな。ただ、二十年前にこの国の人々を救った“踊る少女の影”の残した結果を考えると、腑に落ちるところもある」


 “踊る少女の影”を見たのは、当時の内戦を経験した者達である。影を見た者は例外なく、あらゆる負の感情から開放されたのだという。影を見なかった者も、影を見た者から伝え聞く事で、同じように心が解き放たれていった。穏やかな心で国を再建し、子を育て、そして選ばれた者達によって糸を編む。そうして糸の世界は数年の間に紡がれていった。


「平和な世界を築いたという結果だけが先行して、あの影の⋯⋯ひいては、ヨミ様の功績みたいになっているが、よくよく考えてみれば、あれは国家規模の洗脳だったんじゃねぇか? 俺だって、そんなふうには考えたくないが、ヨミ様に対するこの信仰心が偽物のように思えてきた」


 そう言うと、レンはタクトの頭をポンポンと叩いた。


「その点、お前は不思議な存在だよ。ヨミ様の事を慕ってはいるようだが、信仰しているわけではなさそうだ。俺達とは何が違うんだろうな」


「⋯⋯あやとりかな」


「?」


「いや、ごめんなさい。真面目に聞かなくてもいいんですけど。他の編み人との違いと言えば、それしか思い浮かばなくて」


「どういう事だ?」


「僕は、レンさんもよく知ってる通り編み物の才能はないです。それでも雪を編めるようになったのは奇跡的というか⋯⋯。他の編み人は、最初から編み物の才能をヨミ様に認められています。僕の場合はそうじゃなかった」



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