第14話


 昼間に星は輝かないし、流れる事もない。それは糸の世界でも現実世界でも変わらない自然の法則だった。

 今日は雪も降っていない。そこに在るのは、丘の大地を彩る花だけだった。


 ショートヘアが風に靡く。色鮮やかな花びらが舞う。この世の全ての花は、きっとこの可憐な少女を飾るためだけに存在している。恋は盲目とはよく言ったものだ。こんな時ですら、人は人に見惚れるのだから。


「ワラビ⋯⋯」


 ワラビは、タクトを見た。目の前に居るのに、ワラビの目はまるで遠くを見つめているようだった。


「タクト。私、やっと分かったよ。皆が何処へ行ったのか。この糸の世界で、消えた彼等は確かに生きている。心臓の音が聞こえる。笑い声が聞こえる。微かだけど、間違いなく聞こえるの」


 ワラビはゆっくりとしゃがみ、足元から一輪の花を掴んだ。


「カシワさんの声も、消えそうなくらい小さいけれど、聞こえる」


 ワラビの手には、ミヤコワスレが握られていた。


「どれも小さな声だけど、一つだけ他よりも大きな声が聞こえるの。誰だか分からないけれど、きっとこの国の誰か。多分、女の子かな⋯⋯。寂しくて、怖くて、誰かを求める声。大好きな誰かを、求める声」


 手を伸ばした。否、伸ばそうとした。でも触れる事が怖かった。この時ほど、タクトは糸の世界を煩わしく思った事はなかった。それが実在する幻想的なものなのか、ただの幻なのかが分からなかった。もしも目の前のこの少女が幻だったなら、そこに温もりはない。


「私の心と、その子の心が一つになっていくみたい。この世界は、きっとそうやって紡がれていくんだね。でもいいの。どうせ私は長くは生きられなかったから、こうして世界の一部になれるのなら、それでいい。ただ、タクトに出会えた事は、私の人生で一番幸せだったけど、一番酷い仕打ちでもあったよ。最後の最後まで、私はあなたを⋯⋯」


 ワラビは、手を伸ばした。それを見てやっとタクトの腕が上がろうかという時、ワラビをこの世に映す色が、薄れていった。


「待って、ワラビ。ワラビ──」


 触れる事すら出来なかったのだから、いつの間にかタクトの手に握られていたカルミアを手渡す事は、どうやったって叶わなかったのだ。風と花びらしかないその空間に向かって、受け取ってくれない花を、タクトはいつまでも差し出し続けた。


 ──何が、“大きな希望”だ。どうして、あの子を守ってくれないんだ──。


 花の下に眠る屍は、彼を憐れむ夢を見るのだろうか。

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