第17話
出発は急ぐ必要があった。今こうしている間にも、誰かと誰かの心が共鳴し、世界に編み込まれていく。今のところ、それを止める術を誰も持ち合わせていない。
ヨミの家へ行くには、汽車に乗る必要がある。汽車を動かす人間が消えてしまえば、数日かけて歩く羽目になる。だからレンには早く身支度を整えてほしいのだった。
浴室からは、シャワーの音がする。どれくらい待ったのかは分からない。焦っているからか、数分の時間が何時間も経っているように感じる。
否、実際、かなりの時間が経過している。レンの部屋には時計が見当たらなかったが、少なくとも小一時間は経っている。
まさか──。
タクトは浴室へ進み、ドアを叩いた。返事はなく、シャワーの音だけが響く。男同士、この際非礼は承知の上で、タクトは浴室のドアを開けた。シャワーの水だけが虚しく床に注がれていて、そこに居るべき人は居なかった。
タクトはその場でへたり込んだ。カシワが消えた時は、それに対して何の疑問も持てなかった自分に腹が立った。だが今は、大好きだった少女と兄のように慕っていた青年を立て続けに失い、あやとり遊びと糸の酒に酔っていたあの頃に戻ってしまったようだった。
孤独は、タクトにとって何よりも恐るべきものだった。何も知らず、知らないふりをして、人が消えるなんて当たり前の事だと錯覚したまま自分も消えてしまえば、どれほど楽だっただろう。糸の世界はそれを許してくれる筈なのに、自分だけが気付き、取り残されてしまった。
レンが消えた。体を浄めた事がきっかけで、レンの中で何か感情の起伏があったのだろう。その感情が、誰かと共鳴してしまったのだ。
ならば自分も。孤独を極めた今の自分の心が、誰かと共鳴しないかとタクトは期待した。
そうしてへたり込んだまま一夜を過ごして、期待を裏切った糸の世界を恨む事も出来ないまま、タクトはレンの家を後にした。
全てを無かった事にする方法が、一つだけある。
タクトは、汽車に乗るべく駅へと向かった。
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