第18話
雪の中、西の町から更に森の奥へと歩いて行くと、懐かしい家が見えてきた。幼い頃のタクトは、手を繋がれてこの家を訪れた事がある。温かい心と、温かい手と、温かい飲み物を同時に知った日だった。あの日と変わらない景色が、そこにはあった。
扉を叩くと、少しの間のあと、声がした。
「タクト君だね。どうぞ」
扉を開けると、暖炉の火とランプの灯りが部屋をふんわりと包んでいた。部屋の中央には小さなテーブルと、椅子が二つ。その内の一つに、ヨミが腰掛けていた。手元には、編みかけのマフラーがあった。タクトが部屋に入ると、ヨミは立ち上がって手前の椅子を引いた。
「久し振りだね。寒かったでしょう。さぁ座って。今温かい飲み物を準備するね」
ヨミは奥の台所へと歩いていき、白いスープカップを持ってきてテーブルの上に置いた。
「どうぞ」
ヨミはニコリと微笑むと、また向かいの椅子に座ってマフラーを編み始めた。
「かぼちゃのスープ、好きでしょう?」
かぼちゃの色も、そこから立ち上る湯気も、ヨミが編んだものだ。
「ヨミさん、ありがとう。⋯⋯何年振りだろう。初めて此処に来た時に飲んだのを思い出します」
窓に目を向けると、雪が降っていた。今やこの世界には殆ど人が居ないというのに、性懲りも無くタクトはまだ雪を編んでしまうのだった。
「僕はたった今まで、自分で編んだ雪に凍えていました。馬鹿みたいですね」
「でも、今は暖かいでしょう? かぼちゃのスープを飲むためだと思えば、君が雪を編んだ事にも理由が生まれる」
スープカップを口元に運んで、少しずつ飲み込む。あの日と同じ、愛の味がした。
「大きくなったね。あんなに小さくて可愛かったあの男の子が、こんなに立派になって」
「ヨミさんは、あの頃と変わらないですね。今も綺麗だし、今も優しい。僕の決意が揺らぎそうになります」
ヨミはタクトの目を見つめた。その目から読み取れる感情は、再会の喜びでもなければ、糸の世界を終わらせる意思を示しに来たタクトへの怒りでもなかった。ただ純粋に、タクトという人間を透明にして、全てを知ろうとする目だった。
「編み物が世界を創る。その行為には、何かしらの理由がある。人が夢を持って生きてきた結果がその行為に繋がって、糸の世界が創られた。私は、そういうふうに理解してるよ」
「ヨミさんは、“踊る少女の影”を編んだ人。あれは一体、何だったんですか。僕だけが、その影を信仰しないまま今日まで生きてきました。だからあなたを恐れずに訊きますが、あれは、呪いだったのですか?」
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