第2話
北の町にある一部分の外壁が欠落した、少々歪な建物がある。元は何の建物なのかは不明だが、ヨミはこの建物を“北の塔”と言っていた。中に入ると大広場があって、壁に沿って螺旋状に階段があり、上に登る途中に幾つもの小部屋がある。この塔で、タクトは糸の編み方を学んだ。此処には、この世界を構成するあらゆるものを糸で編む“編み人”やその見習い達が集められていた。
数年の間、タクトはかなり苦労をした。特別な才能がある者が此処に迎えられるのだとヨミから教えられたが、自分には編み物の才能が無いと感じていた。
タクトは自分が思うような美しい世界を構築するために、雪の編み方を勉強した。だが、町を白く染めるには気が遠くなるくらいに糸を絡ませる必要があった。冬が来る度に、タクトは雪を編もうとしたが、タクトが一片の雪を編み終える間に、季節が過ぎ去っていった。
タクトがレンのオーロラを見たのは、そんな時だった。
この町は、夜になればオーロラに出会える。レンはこの町のオーロラを編む、特別な編み人だった。
オーロラを編むためにはより広い敷地が必要らしく、レンは普段、彼のために作られた住居兼仕事場で編み物をしていた。時折、何かの用事で彼が北の塔に来くる事があった。
レンはぶっきらぼうで、痩せていて、無精髭が目立った。何日も風呂に入らない、不潔な人だった。タクトは神経質なところがあったので、レンのそういうところが好きではなかったが、レンの編む糸が他のどんな糸よりも世界を優しくしてくれるものだったし、ぶつくさと文句を言いつつも、タクトの面倒をよく見てくれた。
だから結局、タクトは彼を慕っていた。
タクトは夜空に輝くオーロラの下で、レンに雪の編み方を訊いた。
「俺がオーロラを編める事には理由がある。お前が雪を編めない事にも、理由がある。そいつを知れば、お前は俺みたいに糸を嫌いになるかもな」
タクトは編み物が好きではない。だが糸を嫌いだとは思えなかった。糸はこの世界を繋ぎ止めてくれる。救ってくれる。何より、美しい。
編み物の歴史は、太古の昔に遡る。古くから人は、糸を編む事で人が知覚できるあらゆるものを創れると知っていた。それは、この世界における自然の摂理だった。何世紀にも渡って人は編み物を研究し、世界を変える夢を見た。
その夢は、今日まで紡がれてきた。
「糸の編み方は、そんなに難しいものじゃない。オーロラを編むには少し技術も必要になるが、お前が編みたがっている雪くらいなら、実は誰でも編める。でも俺達のような“編み人”以外の人間には、この世界を創る事は出来ない」
“編み人”とは、世界を創るために編み物をする人を指す。タクトはその編み人になるための見習いだった。
「糸を編んで何かを創るためには、何かを差し出さなければいけない」
「それは、例えばどんなものですか?」
「⋯⋯周りの編み人達の顔を見れば分かるさ」
タクトは、オーロラの背後に輝く星空を編んでいた青年を見た。彼はいつも北の塔の大広場でタクトと顔を合わせるが、話した事はなかった。彼は誰とも話さず、笑った顔も怒った顔も見た事がなかった。
「あいつが編む星空は、人々の心を魅力する。この世界の中で美しいものを探す時、多くの人はあの星空を思い浮かべる筈だ。あの星空の美しさの分だけ、あいつは自分の心を殺してる」
「他の人も、話したりする事はあるけど、みんな表情が暗いし、静かですよね。それは糸を編んでいるから?」
そうだと言って、レンは大きく手を広げた。夜空のオーロラが、より一層輝きを増した。
「俺みたいに、笑える奴もいる。そういう奴は、他の何かを差し出している。お前も雪を編みたければ、何かを差し出さなければいけない。だが心は売るな。そんな事、誰も教えてくれねぇからな」
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