第3話
内戦が終わって二十年ほど経つこの国の人々には、内戦の悲惨さと同じくらいに“救い”の記憶があった。
時折、タクトはカシワという左腕の無い中年の男と糸を編んだ。カシワはタクトと編み物をする時は、必ずといっていいほどその話をタクトに聞かせた。
終戦間際の戦場。彼方此方に死体が転がる惨状で、生き残っていた兵士達は疲弊し、国民は苦しみ飢えていた。カシワは左腕を失い、死を待つだけだった。
そんな地獄絵図の中で、一つの影が揺れた。影は、少女の姿をしていた。影には色があって立体的だったが、その表情だけが誰の目にも見えなかった。ただ一つ分かるのは、その影は確かに踊っていたという事だった。
“踊る少女の影”は兵士達の士気を下げ、銃を捨てさせた。傷ついた国民の瞳には、色が戻った。そうして人々を死に汚染された町から救い出し、誰もが生きたいと思える美しい世界に導いた。
「あの“踊る少女の影”を編んだのは、まだ子供だった頃のヨミ様だ。あの御方が、俺達を救ってくれたんだ。だから俺は、あの御方がそうしたように、この世界をより美しく、編んでいきたいのさ」
「カシワさん、その話ばっかり」
今日は五人の編み人で花を編んでいる。塔の低層に位置する小部屋で、タクトとカシワの向かいの席に座り、淡青色の花を編んでいたワラビが話しかけてきた。
「おいおいワラビ。こっちだって、お前がヨミ様から花輪を貰った話を何度も聞いたぞ」
ワラビは病弱で、普段は部屋で寝ている事が多い。だが編み人には珍しく、天真爛漫な性格で他の編み人とも分け隔てなく接し、周囲を和ませる女の子だった。
「いいじゃないですか。お花畑に佇むヨミ様が綺麗過ぎて、忘れられないんだから」
そう言うとワラビは、カシワに一輪の花を差し出した。
「ほら、カシワさん。これ好きでしょう。あげる」
ミヤコワスレという花だった。カシワの亡き妻が好きだった花らしい。ワラビが花を編む時は、時々こうしてカシワにミヤコワスレを渡していた。
「おお、ありがとう。花を編ませると、お前の右に出る者はいねぇな」
分かりやすく照れ笑いするワラビに、カシワとタクトもつられて笑った。こうした時間は貴重だった。編み人の特性上、何日も笑わずに過ごす事の方が多いからである。それにワラビは普段、自室で寝ている事の方が多い。何の病気なのかタクトは知らなかった。ワラビが人前に出て編み物をする日は限られていたが、ワラビに会える日はタクトの心を温かくしてくれた。
カシワは気の良い男だが、編み人らしく普段の表情は乏しかった。対して、ワラビは良く笑う。花や草木を中心にこの世界の自然を編むワラビにはその代償も大きい筈なのにと、タクトは疑問に思った。
レンの場合、オーロラのような美しいものを編む代わりに、その身体は不潔になっている。こちらは分かりやすい代償だった。
ワラビは一体何を代償にしているのか。タクトは次に一緒に編み物をする時にでも聞いてみようと思った。
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