五年坂の駄菓子屋

※※※あらすじ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 五年坂の駄菓子屋。

 この街の子供はお遣いにいくとき、大抵七年坂にある駄菓子やに行く。

 そこには一見普通の駄菓子やだが、お遣いを頼まれ、初めて訪れたときだけ不思議な品物がならぶ。大抵の子供はその店が不思議なことに気づかないまま買い物をする。

 空が飛べる風船ガム。明日が見えるビー玉水晶。一人でに踊り出す紙人形。

 大抵は他愛もないものを選んで、大人になったとき少し不思議だったね。子供騙しだったのかな。という思い出になる程度。

 真宵にその話をすると、真宵はまだその駄菓子屋に入ったことがないという。

「お遣いね」

 私はそう言って真宵を送り出して、ふと思う。

 私は初めてのお遣いのときに、五年坂の駄菓子屋で何を手に入れたのだろうか。


 そして、私は思い出す。自分がその駄菓子屋で手に入れたものを。


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「はじめてのおつかいって覚えてる?」

「テレビ番組?」

「ううん、自分がはじめて一人でおつかいに行ったときのこと」「あー、うん」


 私はちょっと苦い思いがよみがえって、真宵に曖昧な返事をした。


「真宵ははじめてのおつかいちゃんとできたの?」

「もちろん、ちゃんと地図だって読めるし、買い忘れもなし。お店の人にもお母さんにも褒められたんだから」


 真宵は「えっへん」といいながら胸を張る。

 そのあと、「今ではすぐ近所に行くのにも道に迷っちゃうけどね」と悲しそうな顔をした。

 道に迷うのは真宵のせいじゃなくて、この町が意地悪なせいだけど。私はあえて指摘しなかった。


「さっきね、小さな子供とすれ違ったんだけど『はじめておつかいに行くんだ』って教えてくれてすっごく可愛かったの~」


 真宵はにこにこしながら教えてくれる。

 私はそんな真宵の様子とは反対に、いらいらしていてもたっても居られなくなる。

 頬や首筋にかかる自分の髪の毛でさえ、自分の肌をひっかいっているように感じるくらい皮膚が熱をおびていた。


 この町のはじめてのおつかいはだいたい決まっている。

 五歳になると、五年坂の駄菓子屋にいかされるのだ。

 お小遣いをもたされて、自分のおやつをかってきなさいというような簡単なものだ。

 たいていの子供は大喜びだ。

 自分の好きなお菓子を買って良いと言われるから。

 でも、問題が一つ。

 はじめてのおつかいといっても、普通はその子供が普段よく知っているすぐ近くの場所を選ぶのが普通だろう。

 だけれど、五年坂の駄菓子屋に大人はあえてはじめてのおつかいで行かせる。


 五年坂の駄菓子屋は特別なのだ。


 五年坂の駄菓子屋は今私が訪れても普通の駄菓子屋だ。

 いつから置かれているのか分からない賞味期限が不明な駄菓子に、絶対に一番大きなものは当たらないスーパーボールのクジ、ブタメンを買えば店の人がお湯を注いでくれてそれを食べるための小さなベンチ、ゲームの筐体に粉ジュース。


 昭和の古き良き時代。

 そんな風に表現する大人もいるけれど、昭和の空気を吸ったことのない私にはぴんと来ない。

 ただ、ときどき旨に迫るような懐かしさと寂しさと愛しさがこみあげてくるだけ。

 たぶん、この感情に昭和は関係ない。

 そう、自分に言い聞かせている。


「ねえ、おつかい行かない?」


 私はふといいことを思いついて真宵に尋ねた。


「おつかい? もう、はじめてのおつかいするような年じゃないし。こどもの頃にちゃんと行けてるよ」


 真宵はちょっと頬をふくらませる。

 だけれど、今回の私は強めに押してみる。


「お小遣いあげるから……そうね、なにかおやつに食べられそうなものをかってきてよ」


 私は財布から五百円をとりだし、自分が子供の頃に言われたセリフを真宵に繰り返した。真宵はためらいなく、五百円をうけとり「わーい」と喜びながらくるくるとまわる。

 子供と変わらない。

 むしろ、子供の方が冷静かもしれない。


 私は今いる場所から五年坂の駄菓子屋への道順を教えた。

 とっても簡単な道順。

 不思議なことに五年坂の駄菓子屋はこの町のどこからでも簡単に行けるようになっている。

 意味が分からないかもしれないが、そもそも町が意地悪をして人によってその場所に行けなかったりするのだから、不思議であっても起こりうることではある。


「本当に行けるかなあ。自信ない……」


 道順を聞いたあとの真宵は少し弱気だった。


「大丈夫。小さな子供でもいけるんだから」


 こっそり後ろからついていって見ているのは秘密だ。

 でも、はじめてのおつかいってそういうものだ。

 こっそり、誰かが見守っている。


 もちろん、真宵のことは私が見守る。


 真宵のあとを静かに歩く。

 物陰に隠れながら見つからないように。


 自分のときは誰が見守ってくれていたのだろうか?

 ふと、そんなことが脳裏によぎる。


 ○


「おつかいお願いね」


 はじめてそう言われたときはちょっと誇らしい気持ちと面倒くさい気持ちがあった。

 ただ、はじめて一人でお金をもって買い物をする。それはちょっとだけ大人になったような気分だった。

 めんどくささと誇らしさをあわせて感じる子供らしくない私は可愛げがないなあと自分でも苦笑いする。


 おつかいなんてしなくても家の手伝いは十分にしているのにどうしてこんなことをさせられるのだろうと思っていた。

 しかも、自分のおやつを買いにいくなんて、必要ないとおもった。

 そんなことのために親はやたらもったいぶって道順を丁寧に説明して、おやつにはいささか多すぎる金額を渡してきた。

 ちょうど今日が誕生日だから、もしかしたら両親は私の誕生日のサプライズのためになにか家で準備をしたいのかもしれない。体よく家から追い出すための口実だろうか。


 道順はとてもシンプルだった。


 見慣れた道を歩いていると、ふと突然みたことない道がみつかった。

 毎日歩いている道に突然、見覚えのない道が現れたようだった。

 私はその衝撃にちょっと驚きながらも、道が突然現れるわけなんてないと自分にいいきかせた。


 言われた通りの道を歩く。

 戻るなんてトンデモない。

 こんな簡単なことができない子供だとは思われたくない。

 奇妙に思いながらも私は、道を進んだ。

 しばらくすると、確かに言われた通りの店があった。

 小さな古い看板建築の家だった。

 普通の駄菓子屋とは違って外国風のイメージの建物で、店先が古い漫画とかにでてくる駄菓子屋になっていた。


 色とりどりの小さなお菓子が並ぶ様子はわくわくした。

 別に普段からスーパーに行けば色んなお菓子が手に入る。

 ここに並ぶ商品よりも立派な箱にはいっているし、賞味期限の短いケーキなどもスーパーやコンビニに行けば買ってもらうこともできる。

 だけれど、雑多なものが法則もよくわかからずに並んでいる様子は楽しかった。

 スーパーでは見たこともないようなお菓子がいくつもならんでいて、欲しいかどうかはきめられないけれど、どれも実際に自分の手にとって触れてみたいと思わされた。

 お菓子だけじゃなくて、なにやらくじのようなものや小さなおもちゃが並べられているのもなんともレトロっぽくて楽しかった。

 どの菓子もおもちゃも子供に帰る値段で、軽く気になったものをすべて買っても十分におつりがくるくらいのお金を私はもらっていた。

 こういうのは制限があるなかで買い物をした方が楽しいというのに、うちの親は少々過保護だし娘をあまやかしすぎだなと、ちょっとだけ苦笑いした。


「くださいなー」


 スーパーみたいにレジコーナーもなく買い方のシステムもよくわからないので、店の人にでてきてもらおうと思った。

 するとどういうことだろう。

 店の奥からは人ではなく、小さな紙の人形がぴこぴこと歩いてきたのだ。

 一瞬おどろいたが、すぐにどこかで人があやつっているのだろうと気づく。

 だけど、目を凝らしてもその糸はよくみえなかった。

 それに操り人形のように人が糸でつって操るのならば、すぐそばに人がいなければおかしい。

 それなのに店の奥から出てきたのは小さな紙人形だけ。

 一体何がどうなっているのだろう。

「トリック」という言葉と、「式神」という言葉の二つがぐるぐると私の頭の中で渦を作った。


「はいはーい、どうしやんした」


 ぴょんぴょんと紙人形が、店の奥から現れる。

 その様子はシュールだった。

 大人になってから、あれにそっくりなものをみたことがある。

 ちょうど、上野の路地であやしげなおじさんが踊る人形として、怪しげな手品セットを売っていた。

 あれにそっくり。

 でも、そっくりだけどあの手品だったとは思えない。

 なぜならあの手品セットの人形は上下左右に移動できても、こちらによってくるなどという動きはできるはずがないから。

 だから、駄菓子屋から出てきた人形はきっと本物のなにかだった。

 でも、子供だったせいかその存在を不思議と怖いとも思わなかった。


「すみません、買い物をしたのですがどうすればいいですか?」


 店の人を呼んででてきたのがこの人形ならば、当然この人形を店員として扱うべきだろう。

 そう思いながらも、駄菓子屋からでてくるおばあちゃんを想像していた私はちょっとだけ落胆する。

 よくおやつにたべるぽたぽた焼きのイラストみたいな、やさしげで髪をゆってかんざしをさしたおばあさんというものはきっともう日本現存しないのだろう。


「へいへい、どんなものをお探しで?」


 人形はピコピコとはねながらたずねる。

 もうすこし落ち着いてもいいとももうのだが、彼のキャラクター性をだしていくにはその軽くてコミカルな動きが大事なのかもしれない。


「はじめてのおつかいで、自分のおやつと好きなものをかってきていいっていわれたんです」

「ああ、はじめてのおつかいでやんす。じゃあ、五歳になったんすね。おめでとうございんす」


 人形はさっきまでの軽い動きとは違う、丁寧なお辞儀をした。

「ありがとうございます」と返事をするも、そんなに目の前の人形に丁重に扱われることなんて想定していなかったので困惑する。


「ささっ、初めてのお客さんならこちらへ。ゆっくり見ていってくださんし。なんせ、はじめてのおつかいは特別ですからねっ」


 紙人形は体をぺらぺらとくねらせながら、店の奥へ私を招いた。

 すこしだけわくわくしていた。

 いったいどんな仕組みでこの人形は動いているのだろうか。そんなことに興味を持ち始めていた。


「特別って?」


 そんなことを聞きながら、店の奥の方に向かうと見たことの内容なものがずらりとならぶ棚があった。

 さっきまでの棚の見たことのないお菓子とは意味が全然ちがう。

 さっきまではどこかで売ってはいるのだろうけど、普段行く店では取り扱いのない商品。関東と関西のスーパーでおいてある品物が微妙に違うみたいな感じだったけれど、今目の前にある棚は明らかに違うものだった。


 空が飛べる風船ガム。

 明日が見えるビー玉水晶。

 相手の心を読むことができるお手紙セット。


 どれも一目で嘘だと思うようなものだった。

 だけれど、それらはちっとも嘘っぽくない。

 普通、子供の関心を買うためにこういう商品はけばけばしいくらいの色の洪水のパッケージになるはずなのに、この商品たちは地味で落ち着いた風合いだった。


「はじめてのおつかいのかた限定の特別な商品でやんす」


 紙人形は再びホテルの支配人みたいに恭しくお辞儀をした。

 私は、面白いなと思いながらひとつひとつの商品を吟味した。


 空が飛べる風船ガムは説明によると、二センチから十メートルくらいまでの幅があるらしい。どれくらい飛べるかは才能と練習によるらしい。

 明日が見えるビー玉は便利そうだと思ったが、使い捨てらしい。一回未来をみたら、曇りガラスに変わるのであとは普通のビー玉としてお使いくださいと書いてあった。

 相手の心を読むことができるお手紙せっとは、とても小さいし、こちらも心からの本音で手紙をかかなければいけないというなかなか難易度の高そうな話だった。


 それも本当だったら面白そうだけど、私には必要なさそうなものだった。


「いかがされました? みなさんどれも欲しくて悩むんですよね。でもここで買えるのは一つだけでやんすよ」


 自分には必要なさそうなため、悩んでいると紙人形はぴこぴこと側にやってきて尋ねた。


「うーん、どれも面白いんだけど、必要ないというか……」


 私はできるだけ失礼にならない言葉を選んだ。


「大抵の子供はこの三つのどれかを選んで帰るんですけどね」


 そう言う紙人形の真っ黒な目がキラリと光ったきがした。


「必要ないものも選ばないとだめですか?」

「いんや、必要ないものを選ぶ必要はありやせん」

「じゃあ、適当なお菓子を……」

「それはいけやせんっ!!」


 紙人形は、一回りいや十回りくらい大きくなったと錯覚するくらい大きな声をあげた。


「はじめてのおつかいのお客様なのに、気に入るものを用意できなかったとあればこのセンスケ一生の恥。ささ、どんなものが欲しいか教えてくださんし。きっと望みを叶えてみせやしょう」


 びよん、びよんとはねる紙人形は書かれているだけの真っ黒な目で私をとらえてはなさない。


「特にほしいものなんて……」


 私は、特にほしいものなんてなかった。

 でも、ここから逃れたい。

 その一心で、棚にある商品の一つを手に取った。


「これをください」


 私は手に取った商品を紙人形に見せる。

 これがなんだかよくわからない。

 でも、確かにこの棚にあるもののなかでは一番マシそうな気がする。


「お買い上げですね。ありがとうございやす」


 紙人形は、ぴょんぴょんと飛ぶのをやめて、どこかに消えていった。

 お会計も済んでいないのに、どこに消えてしまったのだろう。


 私ははやく帰りたいのに。

 気が付くと、そんなに暑い日ではないのに、背中にはびっしょりと汗をかいていてシャツが背中にはりついていて気持ち悪かった。


 早く代金をはらって、ここから立ち去りたい。

 だけれど、紙人形は消えたまま、現れない。


「すみませーん」


 私は再び店の奥に向かって声をあげたとき、後ろに人の気配があった。

 振り向くとそこにいたのは、着物姿で髪を結った女性だった。

 真っ赤なサンゴ玉のかんざしが艶やかな黒髪に映えている。

 着物は黒字に椿の模様がはいっていた。


「いらっしゃいませ、はじめてのおつかいのお客様ですね。センスケから聞いています。おまたせしてすみませんね。なんせ、あの商品を選ぶお客様はめずらしくて、どんな方かお会いしたく……いや商品の在庫を確認していたため時間がかかってしまいました」


 きちんとした大人にこんな風に丁寧に扱われるのは珍しいのでこちらが緊張してしまう。


「それで、お客様は本当にその商品でよいのでございますね」

「あっ、はい。あと少し適当なお菓子を」


 私の様子を女性はしばらく観察したあと、「使い方にはお気をつけください」そう言って、商品を包んでくれた。


「お嬢さんは他の人より、見えすぎています。きっと、いつかこれが必要になる日が来ますよ」


 そういって、その女性は不気味に笑った。


 私はあのとき何を買ったのだろうか。

 一緒につつんでもらったお菓子を両親に見せたことは覚えている。

 両親は返ってきたことにほっとして喜んでいるとどうじに、「何か特別なことはあった?」という質問にたいして首を振るだけの私に少しがっかりしていた。

 けれど、お菓子以外の包みはなんだか不気味で、すぐに見えないところにしまってしまった。


 その後、私は普通のおつかいを頼まれることもなかったし、駄菓子屋にいっても紙人形や奇妙な品物は並んでいなかった。接客はぽたぽた焼きのおばあちゃんみたいな人で、椿もようの着物の女性がでてくることもなかった。

 一体あの日、私は何を手に入れたのだろうか。


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「ただいま~」

 真宵が戻ってきた。

 馬鹿みたいにたくさんの駄菓子を抱えていた。


 私はふと、


「なにか特別なことはあった?」


 と真宵に尋ねた。


「えっとね~。面白かったよ。紙人形がでてきて接客してくれるの。未来がみえるビー玉とかウケルよね」


 そういいながら、曇りガラス状のようになったビー玉をひとつ取り出して見せてくれた。


「きれいだね」


 うっすらと青みがかったビー玉はとても綺麗だった。

 くもってしまっているため、使用済みなのだろう。

 真宵はいったいどんな未来を見たかったのだろうか。


「あと、お姉さんがよろしくっていってたよ。なんか綺麗な赤いかんざしを挿したお姉さんが。はじめてのおつかいって言ったら、これおまけってくれたんだよ」


 そういって、金のラメのはいった黒い紐の束をみせてくれた。

 そうだ、私があの日、はじめてのおつかいのときに選んだのはこの黒い紐のたばだった。

 人を操れる糸だっった。

 そんな説明をみた気がする。


 ただ、真宵が今手にもっているものには説明書きがついてないようだった。


 人を操ることが必要になる日が私にくるなんて……考えたくなかった。

 私は真宵がもらってきたそれを、こっそりとおやつと一緒に戸棚にしまった。

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