人食いランドセル
※※※あらすじ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
この町の意地悪はみんなが知っての通り、数字がついていると、たいていの場合町とそれだけの年数関わっていないとその場所に通してもらえない。
私は放課後、奇妙なランドセルを背負った少女を目にする。
思わず話しかけると、女の子はこっそりとランドセルの中を見せてくれるのだが、ランドセルの中は学校になっていて、小さな人が住んでいる。
その様子をぼんやりと見つめて、私たちもきっとこの少女がランドセルの中の学校で遊ぶように町に遊ばれているんだろうなと思いをはせる。
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「ランドセル少女の噂知ってる?」
真宵がわざとおどろおどろしい口調で私に問いかける。
頑張って怖い雰囲気を出そうと、声を低くしているが、その色付きのリップをぬっただけで艶やかな唇の方に私は注目してしまう。
私のぽかんとして何も言わない反応を、知らないからだとうけとった真宵は、より声を低めて話しかけてくる。
「あのね、帰り道一人で歩いていると女の子に話しかけられるんだって。『一緒に帰ろ』って。でも、知らない子だからそんなの不気味じゃない? それで断るとね、女の子のランドセルに閉じ込められちゃって行方不明になっちゃうんだって」
「ひどいわね……」
ひどく子供だましだ。
一人で帰っている人間の身に起きて、その人間が行方不明になるのならば、誰がこの話を広めているというのだろう。
それこそランドセル少女の存在よりも、広める人のいない話が広まる方が怪奇現象だ。
よって、そんな話は作り話である。証明終了。
そんな怪奇現象がいくつもあるわけがない。
この町自体が怪奇現象のようなものなのだから。
この町にはおそらく意思がある。
そして、とても意地悪だ。
住んでいる人間を区別する。
この町に何年住んでいるかで行ける場所が違うのだ。
その事実に気づく人間はいない。
なぜなら、この町の人間はこの町で生まれ育った人ばかりだし、まれに外から訪れてくるお客さんはこの町の人間が付き添っていればそこまでたどり着くことができるから。
町に意地悪をされて割を食うのは、他の町から引っ越してきた子供だろう。
子供同士の約束で集合場所にたどり着くことができないとか。
まあ、そんな町の特性を利用して
町の意地悪について彼女に教えてあげていれば、真宵は小学生のときにクラスのみんなから仲間外れにされることはなかったはずだ。
そんな怪奇現象がいくつもあったら困る。
真宵だったら「類は友を呼ぶっていうんだよ~」なんていうかもしれないけれど。
馬鹿馬鹿しい。
まあ、こんな退屈な町に住んでいれば、なにかしら人をおびえさせる噂話でも暇つぶしにしたくなる人間がいても不思議ではない。
真宵のように、本気にする人間がいればそれは少しだけ愉快だろう。
だけれど、おびえる真宵の表情がかわいいので私はあえて、ランドセル少女の話が作り話であるということをしてきしなかった。
話しているうちに真宵は怖くなってしまったらしく、
「今日も絶対一緒に帰ろうね」
私たちは毎日一緒に帰っているにも関わらず、そんな風に念を押してくる姿がすごくかわいい。
泣きそうな表情をみると、本当に泣かせたくなる一方で、真宵が誰かに泣かされるのは許せないという矛盾した気持ちが渦巻く。
私がランドセル少女という怪奇現象とであったのは、こうやって真宵と話したことすらも忘れたころのことだった。
「お姉さん、一緒に帰りましょー!」
突然、小学生の女の子から声をかけられた。
真っ赤なランドセルに、ネイビーのプリーツスカートに、真っ白なブラウスの女の子。小学校四年生くらいだろうか。
幼すぎもしないし、妙に大人ぶってもいない。
子どもらしい子供だった。
だけれど、こんな子、知らない。
そもそも、ここは十三じゅうさ通りだ。
十三年以上この町に住まないと、一人で通ることができない。
つまり、この町で生まれ育ったとしても小学生が一人でこの場所を歩けるわけがないのだ。
「お嬢ちゃん、一人なの?」
「うん。一人で来たの」
私が尋ねると元気いっぱいの返事だった。
つまり、この子は小学校を卒業しているにも関わらずランドセルを背負う変態。
または、この町の法則を覆せる怪奇現象。
か、その両方であることが確定した瞬間だった。
私はしばしば悩む。
こんな奇妙な存在と関わりたくはない。
だけれど、ふと真宵がいっていたランドセル少女のことを思い出す。
ランドセルを背負った、その場所にいるはずのない存在。
「いいよ。一緒に帰ろう。どこまで帰るの?」
私はできるかぎり愛想よく返事をした。
「うーん。あっちまで」
ランドセル少女は少しだけ悩む仕草をして、次の突き当り、二十メートルほど先を指さした。
この程度ならすぐに開放される。
私はほっとした。
どこか分からない場所にでも連れていかれるか。
はたまた、私たちの家にまでついてくる可能性も考えていたので、ずいぶんと短い帰り道に安心した。
「お姉ちゃん。手をつなごう」
そう言って、女の子に手をつかまれた。
思わず振り払いそうになったが、耐える。
別に女の子の手が冷たかったからとかそういう理由ではない。
真宵以外の他人に触れられるのが絶えられないだけだ。
女の子の手は意外とあたたかく、普通の子供のようだった。
女の子は手つないだ部分をぶんぶんと振り回しながら、嬉しそうに歩く。
あと少し、あと少しだからとそのテンションの高さに付き合えば、やり過ごせる。
早く家に帰りたい。
真宵の待つ私たちの学校いえに帰りたい。
「お姉ちゃん、一緒に帰ってくれてありがとう」
約束の場所までくると、女の子は手を放してお礼を言ってくれた。
「優しいお姉ちゃんには私の秘密みせてあげるね」
本当は一目散に帰りたかったのだが、ランドセル少女に見つめられているとなぜか事由に動くことができない。
ランドセル少女はランドセルを下ろして、カバンのふたをあける。
ああ、これが例の噂のやつか。
このまま私はランドセルの中に吸い込まれて行方不明になってしまうのだろうか。
でも、私がこのまま帰れなかったとして誰がこの事実を知るのだろうか。
「見て、お姉ちゃん」
差し出されたランドセルを覗き込むとそこには、小さな町があった。
そう、本当に小さな町。
建物が再現されているどころか、小さな人まで歩いている。
「すごいでしょ。私が作ったんだよ。この町」
ランドセルの中を見せながら少女は誇らし気にいった。
「この町を作ったの? 人も?」
私が驚いて尋ねると、
「人は……違うの。ねえ、お姉ちゃん。ここに住んでみたくない?」
「うーん、遠慮しておく」
「そっか……」
少女はちょっと寂しそうだった。
しばらく、二人で無言のままランドセルの中に広がる世界を見つめる。
そこには、私たちが普段生きている町と変わらない。
ただ、そこに住む人も町もすごく小さいだけ。
ぼんやりと見つめていると、
「ねっ、すごいでしょ。でもね、人だけは作れなかったの」
だから、ここに住んでくれる人間をスカウトしているのか。
「とても丁寧に作られているけど、私は家に待っている人がいるから」
私は丁寧にランドセル少女の申し出を断った。
「仕方ないね」
「きっと、ここに住んでみたいと思う人もいると思うよ」
「うん。何人かは住んでくれている。みんな、まあまあ幸せそうだよ」
そう言って、ランドセルのなかに広がる町のとある一軒の家を指さした。
温かな灯がともっていて、きっと幸せな家族が住んでいるんだろうなと思わせる光景だった。
「この町にはあの子がいるからね。あの子はちょっと難しいところもあるけど、貴方は愛されている」
ランドセルの少女は帰り際、私にそんなことを言った。
「ねえ、貴方って神様みたいなもの?」
「まあ、そんな風に言う人もいるし、もっと怖い呼び方をするひともいるね」
そんな風に笑っていた。
もしかして、私の住むこの意地悪な町も彼女のような創造主がいて、こっそりとどこかから眺められているのだろうか?
私は空を見上げて、手を振ってみた。
熟した柿のようなオレンジ色の空は、すぐに真っ黒なカーテンが下りた。
誰かがそっとこの箱庭のふたを閉めたのかもしれない。
私は急いで真宵の待つ、
たとえ、ここが誰かの作った箱庭だとしても、真宵がいる限りここが私の帰る場所なのだから。
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