誰かの妻になる話3

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「真宵、こんなところで何をしているの?」

 ふと、わたしの手に触れた、すらりとした滑らかな手。

 懐かしい親友のものだった。

「えっ、わたし……」

 それ以上言葉を継ぐことができない。

 とても長い時間離れていたはずなのに、親友は記憶の中と変わらない。

「アイス食べに行くんでしょ。なに拗ねてるの? 仕方ないアイスはダブルにしていいよ。差額分払ってあげる」

「全額、ごちそうしてよ!」

 思わずつっこみが入る。


 懐かしいやりとりに、全身のこわばりがとれていくような気がした。気が付かないうちにわたしの体の筋肉はガチガチに硬直していたみたいだ。

 懐かしいやりとりをこのまま続けたいという思いと、さっきまでわたしの身に起きていたことについて聞いて欲しいという思いが押し寄せて頭がパニックになる。


 言葉にしたいのに、はっきりと言葉がでてこない。


「あやめ、帰るよ」


 わたしは耳にこびりついたよく知っているその声にふりむくことは出来なかった。

 わたしは親友の手をぎゅっと握る。

 親友があの声についていかないように。


 じっと耳を澄ませてあの男の足音がゆっくりと店の外に向かっていくのを感じた。

 ずっと聞き続けたあの男の足音。

 きっともう二度と聞くことはないだろう。

 しかし、その後をパタパタと軽い足音がついていくのも分かった。


「だめっ」


 声に出したときは、店にはわたしと親友だけだった。

 本当は止めるべきだったのかもしれない。

 わたしは思い切って親友にきく、


「ねえ、さっきまでこの店にいたのってどんな人だった?」

「どうしたの、急に? そうね小学生くらいの女の子だったよ。わたしたちが出会った頃くらいの背の高さだったような。どうしたの真宵。顔が真っ青だよ」


 親友が心配そうな顔でこちらをのぞき込む。


「なんでもない……」


 そう言うのがやっとだった。


 あの家にはあとどれだけの肉が残っているのだろう。

 あと、何人の「あやめ」さんがいるのだろう。

 わたしがいなくなった所為で、さっきのあの軽やかな足音の主は「あやめ」さんになってしまうのだろうか。


 親友が嬉しそうな顔でアイスクリームを選んでいる。


「真宵の好きなフレーバーはチョコとラズベリーでよかったよね?」


 わたしのことを全て知っている親友のチョイスは会っているはずだった。だけれど、その時わたしは珍しく首を横に振った。


「ううん、今日はオレンジソルベがいいな」


 親友はわたしの返事に対して怪訝な表情をしながらも注文をしてくれる。

 オレンジソルベのダブル。

 普段のわたしなら絶対に頼まない。

 どんなに好きな味であっても、せっかく二つ選べるんなら二つの味を知りたいから。


「ねえ、心臓移植とかってさ。もとの人の嗜好とか記憶がうつったりするんだっけ。あれって移植しなくて、食べたりしても一緒なのかな?」


 ふと、昔テレビでやっていた内容を思い出して親友に聞く。


「本当に今日の真宵って変。そんな訳ないでしょ。そうしたら、渡しはブタとか牛の記憶を持っていたり、牧草を食べることになるでしょ」


 そう言って、親友はわたしの額に手をおいて自分の額の温度と比べる。


「……そうだよねえ。暑さにやられたのかな」


 なんとか答えながら、わたしはあの家に入ったときの眩暈を思い出す。あの男もこうやってわたしの額に触れた。

 でも、今となってはあの男の顔さえも思い出すことができない。


「ほら、真宵。アイス溶けちゃうよ」


 なんだかんだ言って、ダブルのアイスクリームをおごってくれた親友がこちらを見守っている。


「いただきます」


 わたしはそう言って、一口食べると爽やかでほろ苦いオレンジの味が口の中に広がった。

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