キスをすると相手の心が読める話

キスをすると相手の心が読める話

※※※あらすじ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

キスをすると相手の心を読むことができる。

そんな能力に気づいた俺は少々人間不信だった。

幼い頃から、人の心が見えていたし、女の子とキスをするのも簡単だと思っていたから。

そんなある日、俺は学校の図書館で「未来が分かる日記」を探す綺麗な女の子にであって………。

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 俺には特技がある。

 その特技に気づいたのは子供のころだ。

 俺と幼馴染の鏡子は仲が良かった。

 親同士も「将来、結婚させちゃおうか」なんてふざけて言うくらい。いつも一緒の仲良しだった。

 俺も親の様子や、鏡子の態度を見てまんざらでもなかった。

 状況が変わったのは、幼稚園のお昼寝の時間に鏡子にこっそり呼び出された日のことだった。


「ねえ、二人だけの秘密にしてね」


 そう言って、薄暗い押し入れの中で鏡子にキスをされた。

 だけれど、そのとき俺の頭の中に、


『本当は浮気相手だどね。私は将来パパと結婚するの』


 そんな声が頭に響いたのだった。

 俺は、その現象自体の訳のわからなさと、鏡子の本音にショックをうけてそのまま気を失ってしまった。


 あとで見つかって幼稚園の先生にめちゃくちゃ怒られたけど。

 鏡子は二人で「おばけをさがしていたの」なんて先生にいいわけして、俺がお化けにおびえて気絶したまぬけなやつということになった。


 幼稚園児が二人、こっそりキスをするために押し入れにいたという事実より鏡子の作り話の方が大人にとっては微笑ましく正しい姿だった。


 それからも、俺は鏡子の浮気相手としての日々が続いた。

 ときどき、鏡子は大人たちから隠れて俺にキスをするのだ。

 その度に鏡子の本命の相手は、『歌のお兄さん』とか『ライダー』や人魚姫の『王子様』なんかに変わっていった。

 本命じゃない俺は、キスをする度に自分に起きる不思議な現象について分析していった。


 そしてたどり着いた結論は、キスをしていると相手の心を読むことができるという能力が俺にあるということだった。

 手を繋いだり、抱きしめたりではダメ。

 ほっぺにキスでもだめ。

 ちゃんと、唇どうしがしっかりくっついたキスをすると、俺は相手の心が読める。

 しかも、相手というのは鏡子限定ではない――なぜなら他の子でも試したときも相手の心を読めたから。


 キスをしているとき限定で相手の心を読む能力。


 何か特別な力があったらと子供の頃は憧れるものだが、俺が持っていた特別な能力は意外と役にたたなかった。


 そもそも、キスなんて誰とでもしない。

 しかも、相手の心が読めるのはキスをしている間だけ。

 そんなの日常生活に役立てるというのは無理というものだ。


 どうせなら、空を飛べたり、瞬間移動できるとか未来を予測するとかそんな力があれば良かったのに。


 だけれど、俺にある能力はキスをしている間だけ相手の心を読む能力。


 いつか役にたつとしたら、恋人にプレゼントを買うときに相手の本当に欲しいものをあてるときくらいだろう。


 特別な力ではあるけれど、俺がスーパーヒーローのように活躍出来る日はくることがない。


 だけれど、俺はこの能力を活用できないかいろいろと模索した。

 色んな女の子とキスをした。

 色んな女の子とキスをするために仲良くした。

 色んな女の子と仲良くなるために、鏡子以外の女の子と親しくなるようにした。


 だけれど、俺はこのキスをすると相手の心を読めるという能力の活かし方が分からないまま高校生になっていた。


 女の子からはちょっとはモテる。

 だって、キスをできるように女の子がこういう風にして欲しいというタイプの男を演じているから。

 それに、キスをすれば答えあわせができる。

 トライアンドエラーで、女の子ってこういうのが好きなんだという傾向だって分かってくる。


 モテる能力なんていったら、いいように聞こえるが、単にあのときどうして欲しかったかとか何を望んでいるかの答え合わせができるだけで、楽をしてモテるわけじゃない。


 それに相手の心を読んでしまったあと、前と同じように相手のことを思えるわけなんてなかった。


 ――少女マンガみたいにクラスの王子様みたいな男子と恋に落ちたい。

 ――私の話をだまって聞いてくれる彼氏が欲しい。

 ――友だちに自慢できる見た目の良い彼氏が欲しい。


 そんな欲望にまみれた女子の心を見たあと、今までと同じように相手を想うなんて不可能だ。


 だから、俺は誰もが望むようなちょっと優しい王子様キャラで女子の話をよく聞く、清潔感のある男になって、女の子を自分の能力の実験に使うモルモットくらいにしか考えていなかった。


 いや、色んな女子の声を読む前から俺は密かに女というものに失望していたのかもしれない。

 鏡子の一番が俺じゃなかった時点で、俺は傷ついていたのかもしれない。


 そんなある日のことだ。

 俺はとある一人の女子に目を付けた。

 図書室の一画で本を読んでいる彼女はとても綺麗だった。

 ちょっとだけ鏡子にも似ているような気がした。

 図書室の椅子に行儀良く腰掛けて本を読む彼女は、上品で深窓の令嬢を想わせた。

 一頁いちページ、また一頁と、本のページをめくるその指先までもが清潔で美しかった。


 そんな彼女の心ならば読んでも嫌な気分にならないんじゃないか。俺は彼女を見ているうちにそんな風に想うようになった。


 彼女のことが知りたいと想った。

 彼女の学年、クラス、名前。仲の良い生徒の情報を調べた。

 モルモットキスをしたことある女子たちにも彼女についてさりげなく尋ねたり、モルモットたちの脳内の情報を読み取って彼女に対する情報をより精緻なものにしていった。


 彼女に対する情報は少なかった。

 あまり友だちをもつタイプではないらしい。

 少々変わっているというのが彼女を知っている方の女子達の意見だった。

 小学校の頃からとっつきにくく、いつもとある女子生徒と一緒に行動している。

 他の生徒とは余り交わらない美少女。

 何を考えているか分からないけれど、特に外はないので関わらないでいる相手。

 それが多くの生徒にとっての彼女への感想だった。


 どんなに調べてもはっきりとしない彼女の全貌により興味を持つようになった。


「何読んでるの?」


 俺はとうとう、図書室で彼女に話しかけた。


「本です。それ以外に何を読んでいるように見えるんですか? 日記とか??」


 彼女はちょっとだけ冷たい返事をした。

 冗談でそんな風に冷たくしているのか本当に俺のことを適当にあしらっているのか分からない。

 だけれど、女の子というのは邪険にしていても、こちらがなついたフリをしていればある程度は心を開いてくれる。

 チョロい存在というのが俺の個人的な意見である。

 少なくても遠くから見ているだけでは何も始まらないし。

 ずっと片想いをしていたら、片想いのままで終わってしまう。


「日記だったら、それ次の貸し出し予約俺にしてもらっていい?」


 ちょっとずうずうしいかなと自分でも分かっているけれど、俺は軽口を叩く。

 彼女はそれっきり黙ってしまい、読書を続けていた。

 やることもないので俺は適当な本を棚から探し出して読むことにする。

 適当にめくっても良い本。

 俺は映画の原作にもなった小説を手に取った。

 映画は見ているので、書き出しのあたりとセリフだけを拾っていく。

 ああ、そうだ。こんなセリフだったななんて思い出しながらページをめくる作業は悪くはなかった。

 気が付くと少し離れた場所に座っていたはずの彼女が目の前にたっていた。


「これ、どうぞ」


 そう言って、彼女は一冊の本を差し出す。


「えっ、ああ?」


「さっき、日記だったら読みたいって言ったじゃないですか。趣味の悪い冗談かと思って無視したんだけど。様子をみてると結構読書が好きみたいだし……これ探してたんでしょ?」


 そう言って彼女は一冊の本を差し出してきた。

『枕の草紙』まあ、確かに日記的なものだけど。

 俺は仕方なく受け取って「ありがとう」と言った。

 読書をじゃなされてあんまり嬉しくないけれど、始めに声をかけたのは俺のほうだから仕方がない。


 ずっと気になっていた彼女とお近づきになれるチャンスだというのに気が乗らなかった。


「私もね、日記さがしているの。その本は私が探していたのと違うみたいだから、あなたに譲るわ。読み終わったら棚にもどしておいてね」


 彼女はそれだけ言うと去って行った。

 正直、今目の前にある彼女が置いていった『枕草子』なんて全く興味がなかった。

 教科書に載っていたような気がするけれど、別に面白くなかったし。日記なんていっても、人の秘密をしれる訳じゃない。

 人に読ませることを前提に作った作り物だし、その上、書いた当の本人はとっくに死んでいてその秘密について知ったところで全く面白くなんかない。


 だが、問題が一つあった。


 俺はこの本がどこからもってこられたのか知らない。

 彼女に戻しておけといわれたのに。

 適当に書棚を見渡すが、本が抜かれた形成のある場所は一カ所も見つからなかった。

 適当にもどしてしまっては、あとで探したときに見つけることが出来なくなってしまう。

 俺は仕方なく、その本を借りて帰ることにした。


 荷物が重くなるから嫌だなと思いながら、俺は貸し出しの手続きをして、リュックに本をしまう。

 正直、読む気なんてなかった。

 きっと、明日までリュックにいれっぱなしになるこの本を、今日と同じように放課後図書室にきて返却すれば図書委員の連中が正しい場所に戻してくれる。

 本を元の棚に戻すために、俺はその本を借りたのだった。


 翌日、借りた本を戻しに図書室のカウンターに行くとそこには彼女がいた。


「ねえ、ちゃんと借りてくれたんだね。どうだった?」


 彼女は俺が本を出すとカウンターから身を乗り出すようにして聞いてきた。


「どうって。読んでないし」

「やっぱりね」


 彼女はしたり顔で頷く。


「だって、俺がそんなつもりでいったんじゃないこと分かってて昨日、その本を渡してきたんだろ」


 俺はちょっとむかつきながら言った。


「まあ、例の本だったら渡すわけないじゃない。でも、やっぱりあなたも彼の噂を信じてるんだ?」

「噂?」

「いまさら、知らないフリとかしなくていいから。あなたもあの噂知ってるんでしょ。図書室に自分の未来を予言する本が現れることがあるかもしれないって噂。まあ、未来の自分の日記っていえば確かに日記だよね。それを読めば自分の将来が分かっちゃう。志望した大学に受かるかとか、良い会社に入れるかとか、将来誰と結婚できるかとか。そんなこと分かれば無駄な努力なんてしなくていいものね。志望の大学に入れないことが分かってれば、今から我慢して無駄な勉強をしないで恋愛とか部活みたいな青春っぽい楽しいことに全力投球できるもの」


 彼女はそう言って悪戯っぽく笑った。

 自分の未来を予言する本。

 正直、子供だましだと思った。

 そんな噂があったとしても、それを信じる彼女は天然だと思った。ちょっと馬鹿なのかもしれないとも……。


「ねえ、一緒に探さない?」


 彼女は無邪気に提案してくる。

 そんな存在しないものを探すなんて馬鹿げている。

 でも同時にそんな馬鹿げたことを素直に信じられる彼女の心の仲を覗いてみたいとも思った。

 他の女子みたいに、いやな感情なんて渦巻いていなくて、綺麗で楽しいものだけがある平和な空間なんじゃないかと。そんな思いが俺を頷かせた。


「決まりね! 明日から毎日、朝一で図書室に集合」


 彼女はカウンター越しに小指を差し出す。


「「指切りげんまん、うそついたら針千本のーます」」


 そういって、彼女は指切りをしてふふっと笑った。

 その笑顔は子供のように無邪気で可愛かった。


 それから毎日、彼女との捜し物の日々が始まった。


 毎朝図書室にいっては、返却された本を棚に戻しながら不審な本はないか探す。

 単調な作業だ。

 彼女にからかわれているのではないかとおもった。

 図書委員の仕事を手伝わせるために、わざと俺に未来の日記を読める本なんて適当な作り話をしたんじゃないかと。

 だけれど、彼女は真剣だった。


 なんでそんなことが分かったかというと、俺はとうとう彼女の唇に触れることが出来たからだ。

 ある日、本を戻し終わったとき、カウンターのところにいる彼女に声をかけると、彼女は眠っていた。

 その寝顔があまりにも可愛くて、無防備で。

 俺は思わず、そのアプリコット色の唇に触れてしまったのだ。

 ふわりとやわらかく、しっとりとしたそれは今まで感じたことのないようなさわり心地だった。

 相手の心を読むために、女の子とキスをしたことはあっても、純粋に女の子の唇に触れたのは初めてだった。


 そのときに、俺は一瞬だけ彼女の心の中を読むことができたのだ。

 すぐに指を離してしまったので、心の中をのぞけたのは一瞬だけ。でも、彼女は俺を騙そうとしていないということは確かだった。


 これは発見だった。

 キスをしなくても、相手の唇に触れるだけで相手の心を読むことができるとなると、ハードルは下がる。

 そして何より、彼女が俺をからかったり騙したりしていないという確証を得られたこと。

 どちらも俺にとってはとても重要なことだった。


 俺は未来のことが分かる本なんてどうでもよかった。

 ただ、彼女と一緒に時間を過ごせる。

 それが俺にとって重要なことになっていた。


 そんなある日のことだ。


「ねえ、本が見つかったみたい」


 彼女が一冊の本を差し出してきた。

 それは変哲のない古びた本だった。

 ただ、カバーがないせいで、タイトルや作者名が分からない布張りの本。

 今まで何度も見たことがあるような気がするし、初めて見たのかもしれない。

 ありきたりで、はっきりしない本だった。


「へえ、何て書いてあったの?」


 俺はとりあえず、興味があるふりをしてのぞき込む。

 だけれど、本当はそんな未来を予言する本なんてありえないと思っている。

 もしそんな本があったとしても、ただの高校の図書室に存在するなんて変だ。

 そんなものはどこか厳重なところに、金も名誉も持った人間が隠し持っているのに違いないのだから。


 普通の人間が、自分の未来なんてしれるわけがない。


「見ちゃダメ」


 俺が覗きこむと、彼女は慌てて本を閉じた。


「一緒に探したのにケチじゃね?」


 俺はわざと拗ねてみせる。

 本当は本のことなんてどうでも良かった。

 とういうか本の存在なんて信じていなかった。

 あやふやな内容が書かれた本を、勝手に自分の未来として解読するような読み方ができただけじゃないかと思っていた。


 だから本当にどうでもよかった。

 彼女のこと以外は。


 彼女といえば、


「お願い。私に先に読ませて」


 そうお願いするばかりだ。

 俺はあいまいに頷く。

 彼女は何をそんなに知りたいと思っているのだろうか。

 全く想像がつかなかった。

 でも、きっと他の女子がしりたいような、自分が誰かと両思いになれるかとか、他の女子から仲間はずれにされないかみたいなこととは違うような気がした。


「いいよ。じゃあ、その代わりキスさせてよ」


 俺はちょっとだけ彼女に意地悪をした。

 必死になる彼女が可愛くて、もっと困った顔が見たいと思ったのが一つ。

 そして、俺は未来を予言する本よりも、なんだかんだ言って自分の生まれ持った特殊能力――キスをすると相手の心が読める――の法が役に立つと信じているのだ。


 彼女は困ったような顔をしたあと、顔を真っ赤にして俯いた。

 拒絶されるかもしれない。

 そんな覚悟もしていたから、その反応に安堵した。

 この様子ならば押せばいける。

 長年の俺の経験がそう囁いた。

 俺はじっと彼女をみつめる。

 頬だけじゃなく、耳まで苺色に染めた彼女はしばらくして、根負けしたのか、


「いいよ……でも、今度。準備してからでいい?」


 そんなしおらしい姿が可愛くて愛しくて、俺は頷くことしかできなかった。


 自分の未来が書いてある日記なんて存在する訳がない。

 人の唇に触れれば相手の心を読むことができる人間がいうのもちょっと変だとは思うが。

 そんな風に、非科学的で実際に存在したら多くの人間の人生に影響を及ぼすようなものがすくなくともそこら辺に野放しになっているなんてことは有り得ない。

 そう信じていた。


 だけれど、どうやら未来の自分の日記が書かれた本といういものは存在したようだ。


 翌日から、彼女とはしばらく図書室で顔を合わせることはなかった。

 そして、一週間後、久しぶりに図書室に来た彼女は本を俺に渡してこういった。


「貴方はこの本を読めるといいね」


 すっごくがっかりしている様子だった。


「何があったの? 偽物だった?」


 俺は彼女とまた一緒に本を差が明日未来を想像して少し気分が明るくなったのを隠しきれなかった。


「ちがうの。その本は本物。でも私はその本で自分の未来をしることができなかったの」


「なんで?」


「私には日記を書く習慣がないから。いまの私が日記を書かなければ未来の私もたぶん同じように日記を書かないの。だから、日記から自分の未来をしることができないみたい」


 なるほど。今の自分が日記を書かなければ未来の自分も日記を書く可能性は低い。

 俺はというと、日記を付ける習慣はやはりない。


「じゃあ、俺も無理だ」


 あーあという感じで笑って見せると、彼女もすこしだけ笑った。


「せっかく、見つけたのに無駄になっちゃったね」


 変な間が空いた。

 これでもう彼女とこうやって話すことはできないのだろうか。

 そう思うととても寂しかった。


「ねえ、キスしなくていいの?」


 ふと、彼女が口にした。

 本気で約束を守ってくれる気があったのかと驚くと同時に、彼女も俺とこうやってはなすのが最後だと思っていることが分かって落ち込んだ。


「ああ、いいんだ」


 だって、もう彼女と会えないのならばキスをしてもしかたがない。

 というか、彼女とそんな理由でキスをするのはいやだった。


「なんで? 約束したのに。本当にいいの?」


 彼女がずいっと側によってきて、俺があとちょっと顔をずらせばキスができてしまうくらい近い。


「俺さ、キスをすると相手の秘密がわかっちゃうの。あり得ないように思うかもしれないけど……俺の妄想と思ってくれてもかまわない」


 キスしてしまいそうな気持を抑えながら俺はそういった。これだけ言えば普通なら「キモイ」と思われるだろう。

 彼女の唇に触れたいという男子として当然な欲求をこれ以上、抑えることができない。

 キモイと思われてもいいから少しでも彼女に遠ざかってほしかった。


「ねえ、私も秘密があるよ」


 彼女はそういって笑った。

 キモイなんて言ってくる様子はない。

「キスで本当に相手の心が読めるなら試してよ。私の秘密、暴いてよ」

 そんなことを挑戦的な目でうったえてくる。


 もし、キスで人の心を読むことができなかったら俺はきっと迷わず彼女にキスをしただろう。

 だけれど、今この瞬間、俺は彼女の心の中を読みたくなかった。

 もし、彼女が俺のことをなんとも思っていなかったら。

 そう思うといてもたってもいられなかった。


「いいや、やめとく」


 俺が必死に断ると、彼女はそっと俺の頬にキスをしてきた。

 誰かにキスをしたことはあっても、誰かにキスをされるのは初めてだった。


 そのとき、一瞬彼女の秘密というのだろうか。

 そんなものが頭に流れ込んできた。


『この町には秘密がある』


 あまりにも一瞬のことなので、言葉として理解できたのはこれだけだった。

 あとは、知らない女の子の笑顔が見えただけ。


 一瞬だけ、頭になにかが流れ込んできたとき、彼女の秘密が実は俺のことを好きとかだったらいいのにと思ったが、全然関係なさそうだ。


「幸せになれるといいね」


 俺はなんとかそういうと、彼女は一瞬だけ目を見開いた。

 もうこれでお別れだと思うと寂しくて、たとえ彼女に恋愛対象と思われていなくてももっと一緒にいたかった。


「帰らなきゃ」


 しばらくして彼女がいった。


「ああ、うん」


 確かにもう、チャイムがなる時間だった。

 これでもう二度と彼女とこうやって話すことがないと思うと苦しくて切なかった。


「じゃあ、また明日」


 彼女はそういって、図書室を去っていった。

「また明日」?

 ということはまた、俺は彼女とこうして話すことができるということだろうか。


 誰かにキスをして心を読むなんて簡単だと思っていた。

 でも、誰かと話すだけでもいいから一緒にいたいと思ったのは初めてのことだった。

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