学校の事件

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 翌日、学校に行くと教室に入れなった。

 というか、下駄箱のところですでに人だかり。


「クラス替えかなあ」


 真宵は呑気にそんなことを言っている。


「学年の途中でクラス替えなんてあるわけないでしょ」


 私のツッコミを真宵は曖昧に笑って流す。

 自分の上履きをなんとか取り出して履き替えている間に集めた情報によると、どうやら教室でなにごとかあって、立ち入り禁止になっているらしい。

 だからといって、特に指示があるでもなく、別な教室が用意されているわけでもない。

 そんなこんなで帰ってもいいか、体育館あたりに移動させられるのか迷ったクラスメイトたちがみんな下駄箱のところにとどまっているということらしい。


「めんどくさいけど、とりあえず教室に向かおう」

「えー、帰っちゃだめ?」


 明確な情報がなく「らしい」に基づく情報に振り回されるのは嫌いだ。

 こんな狭いところでたったまま待っているより、帰っていいのか、どこか別な教室で待機できるのか、それでもだめなら自習室や図書室でまっているのが可能なのか確認すればいいのだ。

 教室に入れないという情報だけで、だらだらとよく分からない場所で時間をつぶすのは非効率だ。

 教室が立ち入り禁止になっているのならば、立ち入り禁止にしている教師がいるのだから、状況を確認すればいい。


 真宵はいやそうだけど、私はいつも通り教室に向かった。

 どうせ、どこかの受験勉強に悩んだメンヘラがリスカでもしたんだろう。

 そんな風に思っていた。

 幸いなことに、進学校と呼ばれる部類の学校なので、いじめとかそういうのはない。あるのはストレスに負けたやつの奇怪な行動。

 そうはいっても、みんなもともと優等生だ。

 常識という檻から飛び出すことなんてできない。

 私と真宵が教室の前に行くと、人だかりができている。

 自分のクラスが無事だった人たちだ。


 私はその人の山をかき分け、教室の扉を開ける。

 別に立ち入り禁止とも書いていない。

 幸いなことに誰もいない。

 自分のクラスに入ってダメな理由なんてない。

 ガラガラと音を鳴らしながら、教室の白い扉を引くと、そこには花畑があった。

 正確には、一人ひとりの机の上に花瓶がおかれ、一本ずつ花が生けられている。


 机に花瓶。

 そう、亡くなった生徒を示す光景。


 中学生の頃、そんなイタズラが隣のクラスであって大問題になった。

 クソ寒い冬の体育館に全校生徒が集められて、全員がお説教を受ける羽目になった。

 あれは、ただ一人のやつが個人的な恨みからそんな悪ふざけをされただけだった。


 なのに、今日はクラス全員だ。


 いや、一つだけ花瓶がのせられていない机があった。

 真宵の机だ。


 私はその光景が何を意味するか、一瞬考え、答えが出てこなかった。

 だけれど、しなければいけないことは明確だった。

 私は教室の真ん中に立って、ゆっくりに回転ほどする。

 スマホの動画を撮影した状態で。

 しっかりと、今目の前にある光景を自分の記憶ではなく、スマホという客観的に現実を残せる手段を使う。

 撮影している間に、誰かが来ないかひやひやした。

 動画がしっかり保存されているのを確認した後、私は悲鳴をあげた。


「きゃあー!」


 分かりやすく、柄にもない。

 よくドラマとかにある女子高生の悲鳴だった。

 私は悲鳴をあげながら、机の上にある花瓶を薙ぎ払い落としていく。

 すべての机から花瓶を叩き落とすのが目的た。

 これが意外と一苦労だった。

 机から花瓶を落とすなんて簡単だと思うかもしれないが、三十以上の花瓶を手で払いながら落としていくのはなかなか骨が折れる作業だ。

 やっぱり、ぶつかると痛いし。

 花瓶が落ちて割れれば水でぬれたり、破片を踏まないように注意する必要もある。

 呆然とする真宵をしり目に、私はすべての机から花瓶を叩き落とした。

 説明している時間なんてなかった。

 とにかく、誰かがこの光景をはっきりと事細かに覚えたり、大勢の人間の記憶に残ることによって情報が保管されるよりも先に私はこの景色を壊すことにした。


 そう、真宵の机だけが無事なこの奇妙な状況を。


 人間というのは短絡的なものだ。

 最初はこの光景にただショックを受けるだろう。

 だけれど、この光景の中にある違和感。

 そうひとりだけ被害を受けていない人間がいるという違和感は間違いなく、真宵にとって良くない状況を生み出すだろう。

 私は真宵にほかの人と親しくなってほしくはないけれど、真宵が誰かに強い感情を抱かれることも許せなかった。


「ねえ、何してるの?」


 少々困惑した真宵はやっと尋ねた。

 私は周囲にまだ誰も来ていないことを確認してから、真宵の耳にそっと囁く。


「いい? 私たちは何も知らずに朝教室にきたらこの光景が広がっていた。ショックを受けた私は机の上の花瓶を誤って落としてしまった。そして、私はいまだにショックが抜けきらない。興奮冷めずに泣いている」

「と、いう状況ってことにしろってコト?」


 真宵はびっくりしたなんかちいさくてかわいいものみたいな顔をして固まっている。

 その通りと私は真宵の目を見つめて頷くと、しゃがみこみ顔を伏せる。

 まるで泣いているかのように。ときどき肩をひくっと動かすのも忘れない。

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ずっと学校で暮らしてる 華川とうふ @hayakawa5

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