未年館の殺人
※※※あらすじ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
死体を見たことある?
真宵がある日突然そんな話をする。
そういえば十年未館という場所には死体が隠されているという噂。
だけれど、あくまで噂。
そんな館観たような気がするが、誰も見たことない取り壊されたといわれる。
この街に住んでまだそんなに経ってない真宵はその館を見つけてしまい……。
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「死体ってみたことある?」
昼寝から目覚めると、真宵が泣きそうな顔で私を覗き込んでいた。
自分の席の机に突っ伏していた私は、めざめてそうそうに半分ないている真宵の顔にびっくりした。せっかく良い夢を見ていた気がするのに一瞬ですべてが吹き飛んだ。
「あ、あるわけないでしょ」
「だよねえ」
真宵はほっとしたように笑った。
春のひだまりのようなその笑顔につられて、私まで笑いそうになるが、さっきまでの泣きそうな顔と不穏な質問が気になった。
「死体なんてなんでそんな物騒なこときくの?」
私は目をこすりながらさりげない感じで聞いた。
「あのね、隣のクラスの西川さんは見たことあるんだって」
「どうせ、誰かの葬式でしょ?」
「ううん。朝の公園でみたんだって」
そりゃまたお気の毒なこと。そう思いながらも、その話題で自分が優位にたとうとするなんて、子供でもちょっと不謹慎ではないだろうか。
小学生の世界のパワーバランスは大人よりも不安定だ。
足が速いとか、レアなカードをもっているとかそんなことで教室のヒーローに慣れる。
かと思えば、ちょっとしたミス。クラスの中心的な女子と服やお気に入りのヘアゴムがかぶってそれが相手の癇に障れば、即追放。
弱いものと思われれば最後、子供ならではな残酷な仕打ちにさらされることになる。
「そういえば、次の理科の時間、理科室に移動するやつ。解剖やるんだって」
「死体の?」
私が意地の悪い返事をすると、真宵は「いやだー」といって両手で自分の身体をだきしめる。
そういえば、そんなことを担任の先生がいっていたきがする。
調理実習で魚をさばくのはわくわくするけれど、解剖と聞くとちょっとだけ気分が悪くなる。
去年だか、おととしに理科室で嗅いだ、生臭い匂いの正体がわかり私は眉をひそめた。
あの魚の生臭さと、池のような湿った匂い。そこに得体のしれない化学薬品が混ざった空気は思いだしただけでも、吐き気がした。
特別に強い匂いじゃないはずなのに、一度鼻につくとわすれることができない。
はっきりとした匂いを思い出すんじゃなくて、匂いを嗅いだ時の気持ちの悪い感覚が反復されるといえばいいのだろうか。
「休もうかな。その日、私は風邪ということで」
「えーずるい。なんで、来週風邪ひくかなんか分からないじゃない」
「だから、ずる休み……」
「ズルはだめだよー」
「いいじゃん。真宵も一緒に休もう。休んで昼寝でもしよう」
そんなやり取りをしていたはずなのに、私たちは放課後、来週のずる休みにそなえるでもなく。
風邪をひくために悪知恵をはたらかせるでもなく、なぜかとある洋館をさがすことになった。
「十年館って場所に死体があるらしい」そんな噂をどこからか仕入れてきた真宵が、人間の死体をみればフナの解剖なんて怖くないはずなんて言い始めたせいだ。
しかし、十年館なんて場所、あったかな?
たいていのこの町の法則に則る場所は、把握していたはずなのに、十年館がどこにあるかまったく思い出すことができない。
もちろん、私はこの町に住んで十年以上たつので、そんな場所があれば訪れることもできるはずなのに。
なぜか十年館の場所どころか、その存在までもはっきりと思い出すことができなかった。
どうせ子供だましの噂話だろう。
他の学校である学校の怪談みたいなもの。
そう思って、私は真宵の冒険に付き合うことにした。
まだ、このころは真宵と出会ったばかりで、真宵の気を引きたかったという部分も強い。
放課後、真宵と二人でランドセルを背負ったまま町を探索する。
引っ越してきたばかりの真宵はこの町をほとんど知らない。
そして、真宵が一人で行ける場所は限られている。
たどり着ける場所という方が正しいだろうか。
この意地悪な町はよそ者を区別する。
どれだけこの土地を愛しているかは関係ない。
ただ、この町に長く住んでいる。それだけでこの町は住む人を優遇して、いろんな場所に行けるようにする。
この町の中に数字が入った地名は特にその傾向が強い。
例えば、一週間ビルは一週間以上住んでないと訪れることができないし、五年坂の駄菓子屋も五年以上この町に住んでいないと訪れることはできない。
いつからだろう。この町の異常に気付くようになったのは。
残念なことに、私と同じようにこの町が意地悪をすることに気づいている人間にであったことはない。
仕方ないのかもしれない。
こんな田舎住むのはここで生まれ育った人間だけだ。
生まれ育った人間ならば、色んな場所に向かうときは大人と一緒に行動することになる。
よそ者に意地悪なこの町は案内人役がいればちゃんと目的の場所まで通してくれるという八方美人でもあるのだ。
いやなやつ。
私は町のことをそんな風に思っている。
こんな町つまらない。
意地悪をする町も気づかずに住んでいる鈍感な人間も。
外からきた真宵は特別だ。
町から意地悪をされているけど、誰よりもまっすぐで綺麗だから。
真宵は町から意地悪をされているので、色んな場所にいくことができない。
今度の十年館だってそうだ。
名前からすれば、十年以上この町に住んでいないといけない場所だろう。
私も場所が分からないし、きっとたどり着くことなんてできない。
でも、放課後に真宵と二人で町を歩くのは少しだけ気分がよかった。
誰もが振り返るような美少女が、キラキラと神をなびかせながら歩くその様子はただ後ろから眺めているだけで気分がよい。
例えていうならば、綺麗な小鳥や珍しい蝶を部屋の中に放し飼いにしているような感じ。
ふわふわとあたたかい気持ちと、いつでも目の前の美しい羽根をむしることができるという支配欲が満たされて、体のそこからふつふつと愉快な気分が湧き出してくる。
「ねえ、みてあれじゃない?」
真宵が嬉しそうに振り向いて言った。
まだ、学校をでてからそんなに経っていない。
そもそも十年館なんてもの存在しないというのが私の結論だったのに。
真宵は確かに一軒の家を指さしていた。
そこには確かに古めかしい洋館があった。
こんな洋館なんてあっただろうか。
こんな田舎町に洋館があったら目立つはずなのに。
近くでは見たことがないが百年坂にも立派な洋館が建てられている。
あちらほどは大きくはないが、細やかなところまで凝ったでざいんがされている美しい洋館だった。
おかしい。
こんなに美しくて大きな建物のことを全く覚えていないなんて。
私は今、こうやって目にするまで気づくこともできなかったなんて。
もし、ここが本当に十年館ならば、うわさなんかじゃなくクラスメイトたちも実際に見に来ているはずだ。
入る勇気はなくとも、やんちゃな男子たちはきっと虚勢をはって十年館の死体を見ようと探検するはずだ。
それなのに、誰も場所も分からず噂話だけが出回る程度なんて……。
何かがおかしい。
「ねえ、真宵。何かが変だよ」
私は怖くなって思わず真宵に縋りついた。
縋りついた真宵の腕は折れてしまいそうなくらいほっそりとしていた。
「大丈夫だよ。でも、確かに変。誰かが呼ぶ声がする。行かなきゃ。必要だったら大人を呼ぼう」
そういって、真宵は十年館と思われる建物の扉に手をかける。
普通なら鍵がかかっているはずなのに、なぜか扉は開いた。
入り口から赤い絨毯が敷き詰められている。
まるでぽっかりと口をあけ、獲物が飛び込んでくるのを待っているみたいだ。
私は戻りたくて、真宵の手をぎゅっと握るが、真宵は私よりも強く握り返して屋敷の中にひっぱっていく。
ひっぱられるまま屋敷にはいることになる。
こういうのはドラマでみたことがある。
不法侵入として法に触れる可能性があるんだ。
きっと子供だから、罪に問われることはないけれど、ばれたらきっと怒れるだろう。
私はわざと誰かにみつけてほしくて、ばたばたっと真宵に引っ張られるまま足音をたてようと歩いた。
だけれど、足元の絨毯は毛足が長くてふんわりとやわらかい。
足音一つ立たない。
この家は何かが変だった。
古いけどとても清潔で手入れされているのに人の気配がしない。
そして、埃ひとつないというのに、空気はどこか古っぽくてツンとする。
図書館の書庫にある本をもってきてもらったときに似ている。
最後にその本を開いたときの空気を閉じ込めていた空気を吸い込むようなあの感覚。
下手したら何年も前の人が最後に読んだ時の空気がページとページの間にひっそりと隠れていると思うとなんか悪いことをしているような気分になる。
せっかく、ひっそりと世間から隠れていたのにページをめくることによって閉じ込めておいた過去を現在の空気の中に溶かしてしまうのは貴重なタイムカプセルを一人で掘り起こして壊しているのと一緒なんじゃないかと。
「あっ、みて黒猫がいる」
「えっ?」
真宵が廊下の奥を指さしている。私も一瞬黒い影が見えたような気がしたが、あまりにも一瞬すぎて、それが視線を急に動かしたときの錯覚なのか、はたまたそこに本当に黒猫がいたのか判断がつかなかった。
まあ、でもこの家の主が猫を飼っているのならば、猫がいても不思議ではない。
とにかく、誰かに見つかる前にこの家を出たい。
もしそれがかなわないならば、この家の人をみつけて適当な言い訳をして謝って、正しい形でこの家から出たい。
何にしても、このまま人の家に勝手にあがって探検できるほど、私の神経は図太くないのだ。
小学生にしては少々賢すぎるのかもしれないと時々悩む。
本を読み、人を観察して色んなことを周囲の他の人間よりしっているつもりだった。
だけれど、それはちっともいいことなんかない。
町が人に意地悪しているなんてこと気づかなくても生きていけるし、嫌な気分になることもない。
人より気づきすぎるせいなのか、どこにいてもくつろぐことができないのだ。
自分の居場所はここじゃない。
少なくとももっと楽に呼吸ができる場所がどこかにあるはず。
そう思いながら水面からぎりぎりで顔をあげて息継ぎをして生きている気分になるときがある。
こんなことは誰にも話したことがないけれど。
「まって、猫ちゃん降りてきて」
気が付くと真宵は廊下の突き当りのところまで進んで、猫に話しかけているようだった。
「降りてきて」というのは階段でもあるのだろうか。
猫が相手だと、階段とは限らない。
猫というのは高いところに平気で飛び乗ることができるから。
「真宵……もう帰ろう」
私は大きすぎないけれど、真宵に聞こえるように声の大きさに注意しながら主張する。もうここから一歩も進まないという意思を示すために。私は真宵に置いていかれた位置から一歩も踏み出すことなく叫んだ。
でも、真宵はそんなことに気づいてくれない。
「もう、ダメだってば。あっ、待ってよ。猫ちゃん」
そう言って、タッタッタッ、と軽快な足取りで階段をのぼっていくのが分かった。
私は足から根が生えたつもりでここから動くつもりはなかった。
だけど、真宵は一向に戻ってくる様子はない。
赤い廊下はそこにいるだけでどんどん先が伸びていっているような気がした。
真宵がさっきまで立っていたはずの場所がとても遠くに思える。
廊下は長くなり、その代わりにさ周りの壁や天井はだんだん狭くなっている。
飴細工のときにやわらかくした棒状の飴を職人さんが引っ張っている中に閉じ込められたような気分になる。
周りは私のことを押しつぶすように狭くなっていくのに、出口も入り口もどんどん遠くなっていく。
私は怖くなって、真宵のあとに続くように走った。
とても長い時間に感じていたけれど、それはあくまで私の感覚のはなしで、実際にはただの数秒の話だった。
廊下の突きあたりにはとても狭くて急な階段があった。
絨毯は敷かれているが、なんとなく普段使われるような場所じゃないんだなと推察できた。
予備の階段なのだろうか。
普段から使うにはあまりにも急だし簡易的だ。
この館を外からみただけでも、細やかな装飾がいくつもみられたのに、この階段は素材こそいいものを使用しているがとても簡素な作りをしている。
そして階段の上には、真宵が満足そうな顔で黒猫を抱いてほほ笑んでいた。
マグカップにいれたコーヒーの表面をすくいとったような滑らかな黒猫は真宵に抱かれながら私の方を見下していた。
その毛並みよりも真っ黒な瞳孔に私の姿が映っているのが見えた。
普段、鏡の前で自分の姿をチェックするときとは違って、黒猫の目にうつった私は幼くてとても不安げだった。
私はそんな弱々しくないよ。
私はきっと黒猫をにらむが、黒猫は知らん顔して毛づくろいを始めた。
「ねえ、真宵もう帰ろうよ」
私はもう一度、真宵に懇願した。
「でも、この子を一人置いていくわけにいかないでしょ」
「いや、この家のこじゃん。だから大丈夫だよ」
「だめ。さっきの声が飼い主さんのなら、なにか助けが必要だから。このこのためにもちゃんと飼い主さんが安全なことを確認しないと」
真宵は譲らない。
過去に猫でも拾ったことがあるのだろうか。
それとも将来、魔女にでもなるつもりなのだろうか。
私はいつもはふわふわとなんでも思いどおりになる真宵が自分の思い通りにならないことにいら立っていた。
でも、ここでおいていかないのはどんなにわがままをいっても真宵が美少女だからだ。
赤い唇が紡ぐ言葉はキイチゴのように甘く、澄んだ瞳から目を離すことができない。
つい、そんな真宵に私が見とれていると、真宵の腕の中の黒猫はニャーとないて、真宵の腕からすり抜けた。
私と真宵は慌てて黒猫を追いかけた。
黒猫は慣れた様子でひょいと身をかわして、すぐそばの部屋にはいった。
その部屋の床は赤くなかった。
赤というよりも黒に近い色。
私はその色を知っていた。
血の色だ。
白っぽい繊維ではなく、濃い色の繊維に血液が付着して乾いたときの色。
やわらかな絨毯はかぴかぴに固まっていて、きっと素足であるけば小石を踏んだような痛みを感じるかもしれない。
そんな感覚を想像するとぞわりと背骨にそって、鳥肌が立った。
「……きちゃだめ」
私はあわてて真宵に声をかけるが、手遅れだった。
真宵は私の後ろでその絨毯に広がった血の海を見ていたし。
そして、血の海の向こう側では一人の男性がこちらを向いて立っていた。
「あの……すみません。この家の人ですか?」
真宵はこんな状況なのに、ちゅうちょなく目の前の男性に声をかけた。
乾いているとは言え、絨毯の上にこんなに血のあとが広がっているような状況で。
どうかんがえても、逃げた方がいい。
ホラー映画だったら、一刻も早く逃げなければいけない。
私はじりじりと後ずさりたいのに真宵が後ろにいるせいで一歩たりとも退くことができない。
だけれど、男の人は特に気にする様子もなく返事をする。
「そうだよ。君たちはだれ?」
とがめる風でもなく、男の人は答えた。
普通の大人だったら、勝手に人の家に知らない子供が入ってきたら、怒ったり驚いたりするものだと思っていたのに。
男の人はなんてことないような顔をしている。
「この猫ちゃんは、おじさんの家の子ですか?」
真宵は相変わらず自分のペースだ。
私といえば、怒られなかったことに安堵すると同時にいつ相手が怒り出すか分からない不安におびえていた。ちょっとだけ。
「ああ、そんなところにいたのか。そうだよ。そこの黒猫はうちの猫だ。迷子にでもなっていたのかな。みつけてくれてありがとう」
「いいえ。どういたしまして」
本当は、この家に入ってきてから猫は見つけたのだが。今はそんなことよりも一刻もはやくこの場を抜け出したい私はとっさにそういって、「じゃあ行こうか。真宵。猫の飼い主見つかってよかったね」といって、くるりと後ろを向いて退散しようとしたのに、目の前の男は、
「お礼にお菓子でも食べていきなさい」
きっぱりとした口調で言った。
お菓子なんかで釣られる年齢じゃない。
それに知らない人から物をもらってはいけないし、食べてもいけない。
そんなの常識だ。
だけれど、男のすでにこちらがどうするかを決めた口調に私たちは逆らうことができなかった。
気が付くと、私と真宵は首振り人形のようにコクコクと頷くことしかできなかった。
頷くたびに、視界に入ってくる血のシミはだんだんと残像になり、空中に反対色の白っぽいシミがぷかぷかと浮いていた。
「さあ、お茶をどうぞ」
先ほどの二階の部屋からでて、連れてこられたのは一階にある応接室のような部屋だった。
ソファーとコーヒーテーブルになにか古めかしい装飾品たち。
想像していたよりは清潔でなによりもここには血のシミはなかったのがありがたかった。
ビスケットと湯気をたてる紅茶。
とても美味しそうに見えるが、どうしたって食欲がわかない。
礼儀としてティーカップの取っ手をつまんで持ち上げて口の高さまでもってくるが、どうしても飲み込もうというきがおきない。私はしかたなく、お茶があつくて飲めないというように、ふうふうとカップに息を吹きかけて紅茶のさざ波をたてていた。
真宵はというと気にすることなく、「すみません。ミルクはありますか?」なんて聞いている。本当に気楽なものだ。一体いままでどんな教育を受けていたのだろうと心のなかで悪態をつきたかった。一方で、その態度というのは真宵が周囲から害されることなくずっと幸せに生きていたことを証明しているようで、そんな一点の曇りもない存在である真宵をまぶしく感じた。
「ミルクはないんだ。ごめんね。」
男はそういいながら、黒猫にはなにやら白い液体が入った皿をさしだしてやっている。
「あれ、ミルクじゃないの?」真宵は不満そうにぼそりといったが、聞こえないふりをする。
「いきなり、小さなお嬢さんたちをお茶に招待してしまってもうしわけなかったね。でも、あまりに久しぶりの客人で。うちも昔は多くの人が立ち寄ってくれたのだが、いまでは誰も訪れなくて……ついね」
男は本当にすまなそうな顔をする。
私は気まずくなって、やっと紅茶をすすり。
真宵はためらいもなくクッキーをかじる。
「ここって、十年館ですよね?」
男の感傷にひたった口調の間をついて真宵がたずねた。
「ああ、そうだ。そんな風に呼ばれていた時期もあったね。ここはね、以前は十年やかたといってね。色んな人がここに尋ねてきたんだよ。ここはねちょっとした社交の場だったんだ。この家を建てた大叔父さんが大の本好きでね。集めた本を町の人々が読めるように誰でも尋ねてきたひとは歓迎していたんだ。色んなひとがきて、本を読んだり、その感想を交わしたり。それはにぎやかであたたかな場所だったんだ。みんなが喉を潤すことができるように、いつでもあたたかい飲み物が用意されていてね。誰でも自由に飲むことができたんだ。図書館より肩の力をぬいてリラックスして本に向き合える場所だったんだ。
読書会が開かれるときは、このテーブルに近所の人々が持ち寄ったお菓子や料理がならべられて、本の感と同じくらい手料理の感想が交わされるくらいだったよ。
あの頃は本当に楽しかった。
十年館の図書館。
そんな風に呼ばれていたよ。
玄関のところにはね、木の表札でね『十年館』なんて書いてね。近所の人々から慕われ、いつも客人がいるという環境は本当にすばらしい場所だった。
誰もが知識や考えることにたいする欲求があってね。
だけれどね、そんな素晴らしい時間もある日を境に変ってしまったんだ。
事故だったんだ。
この家にいた可愛い女の子がね。
その子は幼いけれどとても利発で賢いこだった。
そして、どこか良心のタガが外れていた。
たくさんの本を読んで、多くの知識やいろんな人の考え方や人生を知っていたのに、彼女にとって何よりも大切なのは自分の好奇心だったんだ。
その好奇心は幼い頃から漢字が読めるくらい旺盛だった。
そして、ある時、彼女は本を通して「死」というものに興味をもってしまったんだ。最初はフランケンシュタインのように生きていないものに命を与えることに興味をもち、その次に興味をもったのがどうやったら人が死ぬかということだった。
彼女によれば、人を殺し学ぶことによって生き返らせる方法がみるかるかもしれないと思っていたらしい。
でも、死というのは覆らない。
それがこの世の法則だ。
幼い彼女にそれを教えていなかった私たちにも責任はあった。
気づいたときには手遅れだったんだ。
彼女は色んな人を殺していた。もちろん、あとで生き返らせるつもりで。
さまざまな殺し方をしていたよ。刃物で傷つけたり、毒で殺したり……。
なんでそんなに人が死んだのに気づかなかったって?
それは……だれも自分の可愛い娘が好奇心から殺人を犯すなんて思わないだろ。
気づいたときには僕たちは彼女に殺されそうになっていた。
『大丈夫。きっと、すぐに生き返る方法をみつけてあげるから』
そう言われるまで、まさか最近、周囲で起きていた不幸が彼女によるものだなんて気づかなかった。
親として思ったよ。
このまま彼女に殺されるのは簡単だけど、それよりも果たさなければいけない責任があるってね。
彼女はナイフをもっていたけど、大人と子供の力の差には頓着していなかった。
いままで彼女の殺しがうまくいったのは、彼女が人を殺すはずがないという大人の思い込みと油断があったからなんだ。
ひとおもいに彼女の心臓をナイフで貫いたよ。
まるで、ヴァンパイアの心臓に杭を打ったような気分だった。
これ以外の殺し方はない。
血の海がひろがっていくときに思ったんだ。
ああ、この罪をどう償おうと。
償うことなんて叶わないし、一番の罪を犯した娘ももういない。
私ができるのはただここに一人残ることだけだったんだ。
私はここを永遠に閉じることにしたんだ。
町の人々が入ってくることができないように、十年館の看板に「大きい」という文字を書き足して。
ほおら、こうすれば大人たちがこの家を見つけることはできない。
そちらのお嬢さんはぴんときていないようだね。
そうか。みんな十年館のことを忘れてしまったのか……。」
目の前の男はまばたき一つしていなかった。
それどころか、その眼窩はぽっかりと空いていた。
体はしぼみ、皮膚はずるりと剥けるように流れ落ち、最後には骸骨のようなものが目の前の椅子に腰かけていた。
「ひっ」
真宵が悲鳴がなるべく周囲に響かないように口をふさぐ。
「行くよ」
私は真宵の手を引いた。
今度はちゃんということを聞いて真宵は私についてくる。
気が付くと部屋や廊下もさっきよりもくすんで、埃っぽく思えた。
私たちは、できるだけなにも気づかないふりをしながら洋館の外にでた。
映画とからならば、何者かに追われたり、さっきの男が話していた女の子の幽霊を倒したりするのかもしれない。
だけれど、私たちは普通の小学生の女の子なのだ。
できることは、可能な限りはやく、ここから逃げるだけ。
十年館をさるとき、ちらりと入り口にかかる表札が見えた。
『未年館』
ああ、これのせいか。
私は十年館が噂の存在であり、真宵以外の誰もがたどり着くことができなかった理由がわかった。
真宵がひっこしてきてもうすぐ一年になる。
きっと、私たちはこの洋館に再び足を踏み入れることはないだろう。
私は真宵の手を引いて、館から遠ざかる。
そして、一年がたつまでは真宵の手を引いて歩こう。
再びあの館にたどり着くことがないように。
そう強く決意したのだった。
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