銭湯でみつけた隠し扉
※※※あらすじ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
学校に暮らす私たちはお風呂がないので銭湯に通う。
シャワーはあるけど。
銭湯の一角には千年湯という浴槽がある。
もちろん、そんな場所に入れないが、うっかり転んで飛び込んでしまう。
慌てて顔を出すが、そこにはさっきまでとは違う光景が広がっている。
まるで千と千尋の世界みたいだ。
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学校で生活している私たちにはお風呂がない。
宿直室だった場所にシャワーはあるけれど、湯舟がない。
「プールもシャワーもついた、広い一戸建てなのにお風呂がないなんてねー」
真宵はそんな風にいう。
ないのだから仕方がない。
私たちはお風呂に入りたくなったら、銭湯に通う。
石鹸と洗面器とタオルを抱えて道を歩くのは少し恥ずかしいので、できるだけ人が通らない道を通ることにする。
銭湯までの近道は人とすれ違うことはない。
名前も分からない道だ。
真宵の手を引きながら、狭くて薄暗い道を歩く。
「手を離さないでよ」
狭い道で真宵が泣きそうな声でうったえてくる。
「絶対に話さないから大丈夫」っていう言葉は絶対に口にしないって決めている。
真宵はこの道のせいもあるのか、本当は毎日入りたいくらいお風呂が好きなのに、銭湯に通うのは週に何度かだけになっている。
たどり着く銭湯もなんだかいつ行っても人が少ない。
まあ、家にお風呂があるのだから銭湯に行く必要はないのだろう。
銭湯で見かけるのはお年寄りばかりだ。
私と真宵は銭湯ではバラバラに過ごす。
ゆっくりお湯につかりたい真宵と、のぼせやすい私では自然とリズムが違うのだ。
ゆっくりとお湯につかっている真宵を置いて、私はそうそうに湯舟をでる。
早々に服をきて休憩スペースに戻りくつろぐ。
冷たいフルーツ牛乳を飲みながら真宵を待つ。
どこの銭湯もこうなっているのかは分からないけれど、休憩スペースではゆっくり昼寝をする人やおいてある新聞や雑誌を読む人。さらには、持参したみかんを食べたり、編み物をする人までいるカオスな環境だ。
だけれど、人ごみが苦手な私でもいがいとこの空間は嫌いじゃない。
お年寄りばかりだから、だれも私に興味を持たないし変な噂話もしないから。
たぶん、お年寄りたちからしたら真宵と私の区別はついていない。
ただ、銭湯にたまにくる若い子という認識程度だろう。
「あれ、真宵ちゃん。もうあがったのけ?」
一人のおばあさんに話しかけられた。
口ぶりからして、湯舟の中で真宵となにか会話でもしたのだろう。
だけれど、否定はしない。
別に真宵と私を間違えられたからといってここで問題がおきることはない。
私はちょっとだけ真宵っぽくあいまいに微笑む。
「いや、助かってよかったね。ほら、みかんでもたべれ」
そう言って、みかんを一つ手に持たせてくれた。
ひんやりとしたみかんの重みがてにズシリとくる。
「えっ、助かったって?」
私は慌てて尋ねる。
「いや、なんか前から壁のどこかの壁の隙間が崩れてるっていってたから。番頭さんに教えてあげるって。でも、ここの番頭さんちょっと変じゃろ?」
確かにここの番頭はちょっと愛想が悪い。
何もないところに静かに微笑みかけたりしてちょっと気持ち悪いところもある。
急にキレることもあるし……。
とにかく変な人なのだ。
〇
銭湯の壁の向こうに世界があるそのことに気づいたのはいつのことだろう。
銭湯の壁の絵の中に小さな扉があるのは最初はメンテナンス用のないかだと思っていた。
だけれど、不思議なことにその扉に気づいた人はいないようだった。
最初は扉があるという程度の認識だったのに、時間が経つにつれてその扉はどんどん存在感をましていった。
ただの、薄っぺらい扉から、重厚な飾り細工のとってがある扉、今では真鍮のライオンがノッカーとして威厳に満ちた目線をむけてくる。
何かが変だ。
そう思ったときには目をはなすことができなくなっていた。
この扉の向こうには何があるんだろう。
そして、とうとうわたしはこっそりとだれも見ていない時に扉をひらいた。
最初はほんの一センチていど。
どうせ、そのさきにはがらんとした小さなコンクリートで覆われた箱があるだけだろうと思っていた。
だけれど、一センチ開いた扉の隙間からは、明るい光とにぎやかな声がもれでてきた。
わたしは慌てて、扉を閉じた。
周囲はしんとした静けさがもどってきた。
隣で湯舟につかっているおばあさんもまったく気づいていないようだった。
それからしばらく、わたしはドアをあけてはしめるということを、そっと人目がないときに繰り返した。
細く一瞬だけあけて、中を除く。
最初はあかるくて、中でなにがおきるかわかる前に扉を閉じてしまっていたが、回数を重ねるごとに、扉の開きも大きく、開けている時間も長くなっていった。
それを繰り返すうちに中の光景がだんだんわかる様になっていった。
扉の向こうにあるのは銭湯だった。
いや、別に壁の向こうが男湯があって、そこを覗き見ることができるようになっているというオチではない。
向こう側は確かに別世界だった。
白い湯気がふわふわと浮き、にぎやかな声が聞こえる。
狭いドアから見える範囲は限られているが、まるで映画でみた『千と千尋の神隠し』を西洋風にしたみたいな光景が続いていた。
大理石の浴槽に、人とは違う形の影。
それらが、すぐ向こう側でうごめいている光景は怖いというよりも、なぜだかとても惹きつけられた。
ついついのぼせそうになるにも関わらず、わたしはその小さな扉の向こうをみずにはいられなかった。
わたしは銭湯に行く度にその扉をあけていた。
見つめれば見つめるほど、扉の向こうが素晴らしいもののように思えた。
そして、その日、わたしは思わず向こう側に手を伸ばしたのだ。
手を伸ばしてみると不思議なことに体がシュルシュルと縮むような感覚に襲われた。不思議なことに体が扉のサイズに知人で行くのだ。
この縮めば向こう側にいくことができる。
そう思ったとき、パチンッとてに静電気みたいな衝撃が走った。
慌てて扉から手を引くと、向こう側からこちらをみている女性が一人いた。
頭にサンゴのかんざしを挿した女性だった。
どこかで会ったような気がしたが思い出せない。
「こっちにきてはいけないよ!」
はっきりとした言葉として聞こえた。
恐らく、この女性がわたしのことをひっぱたいたのだろう。
わたしはびっくりして扉を閉めた。
『向こう側に行ってはいけない』なぜだか自分にそう言い聞かせた。
目を瞑って何度も繰り返す。
再び目を開いたとき、わたしの側に扉はなかった。
当然だ。
気が付いたとき、わたしは湯舟のなかではなく、休憩室で横たわっていたのだから。
目を開くと、大切な親友がこちらを不安そうな顔で覗き込んでいる。
わたしは親友に抱き着いた。
ここじゃないどこかに行こうとしていた自分が恐ろしくなった。
それからしばらくの間、わたしは銭湯に行くことはなかった。
熱い夏のことだったし、シャワーで十分だとおもったし、何よりも再びあの扉をあけてしまうことが恐ろしかったのだ。
しばらくして、みかんの美味しい寒い季節になったとき、わたしと親友は再びその銭湯を訪れた。
壁にあった扉はこういう物語ではよくあるように、当然消えてしまっていた。
少し残念なような、ほっとするような微妙な気持ちになった。
親友と湯舟につかっていると、わたしは湯舟の底に簡単な線で描いたような扉があることにきづいた。
「先にあがてって」
わたしが親友をその扉から遠ざけたあと、どうしたかはみなさんのご想像におまかせする。
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