惚れ薬の木
※※※あらすじ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
三十年森の惚れ薬の木。
バレンタインやクリスマス。イベントごとがあると、クラスメイトたちがそわそわし出す。
バレンタインが近づくにつれ、学校ではとある噂が流れる。
立ち入り禁止の三十年森で惚れ薬の木があると。
立ち入り禁止といわれていて、だれも行ったことのない三十年森。
当然、クラスメイトたちは立ち入ることができない。
そんななか、クラスメイトの一人が惚れ薬の実を手に入れたという。その子が誰に使うかみんなが注目する。
しかし、その女の子は既に好きな人がいるという。
相手は年上の近所のお兄さん。
だけど、話を聞いてみると惚れていたのはお兄さんのほうで、本人は別に好きになるはずなんかもなく……
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「チョコレ、イ、トは――」
真宵が楽しそうに某CMの歌を歌っているが最後にくるメーカーの名前を忘れていたようで、口をぽかんとあけっぱなしにしているので、私はその唇の隙間にきのこの山をねじ込んだ。
真宵はそれを咀嚼したあと、文句をいってくる。
「ひどい! わたしはたけのこの里派なのに」
「好き嫌いしないの」
私はそういって、ファミリーパックのたけのこの里の小袋をあけて自分で食べる。
「わたしにもちょーだい」と手のひらを見せてくる真宵には再びきのこの山を与える。
バレンタインが近づくと無性にチョコレートが食べたくなる。
まんまとお菓子会社の戦略に乗せられているのだが、そもそもバレンタインじゃなくてもチョコレートは美味しい。
そもそも女子高生にはいつでもチョコレート成分が足りないんだ。
甘いものは頭の働きを助けるっていうし。
勉強に集中するには欠かせない。
私はたけのこの里をもう一つ口に放り込む。
私は博愛主義なのできのこ、たけのこ論争については中立派である。
そして一番好きなのはブルボンの切り株だし、一番食べたいお菓子はロッテのチョコパイである。
「真宵、バレンタインチョコみにいかない?」
ある日の放課後、私は真宵に声をかけた。
私からの寄り道の提案がめずらしかったのか真宵は目をまるくして驚いている。
「えっ、バレンタインチョコなんて買うの?」
あまりにも大きな声でいうものだからこちらがびっくりしてしまう。もちろん、買うに決まっている。毎年、真宵にチョコをあげているのに覚えていないのだろうか。いつも真宵が一番喜ぶチョコを吟味を重ねて選んでいるというのに。
今年は真宵がどんなものを食べたいのかのリサーチを兼ねて誘ったのに、美少女というのは残酷だ。
でも、それが許せるくらい真宵は可愛い。
「もちろん」
私は澄ましてそれだけ言って、真宵をデパートのチョコレート売り場に連れて行った。
バレンタインフェアの会場はやたら混んでいた。
この田舎町にこんなにたくさんの人間がいたのかと驚くくらい。人があふれている。
みんな結構楽しそうだ。
誰もがチョコを送る相手がいるわけではないはずなのに。義理チョコを買いにきている人もいるはずなのに、みんなとても楽しそうで活気づいていた。
一通り会場を回り、試食をもらったり、真宵がどんなチョコに反応がいいかみたあと、私たちは会場で食べられるチョコレートアイスのコーナーにならぶ。
ちょっと高めとはいえ、会場にならぶ本命チョコの箱よりはずっとリーズナブルだ。
私たちのすぐあとにも同じ制服の女子生徒が並んだ。
一人で並んでいるその子は、一生懸命スマホになにか入力している。
ちらりと見えてしまった画面からは、どうやら彼氏とのやり取りのようだった。
束縛系?っていうのだろうか。
めんどくさそうだなと思った。
こちらの好意に気づかれないのもむなしいけれど。
もし、男の人になにかを強引に押し付けられたら私は速攻で逃げる自信がある。
「ねえねえ、そういえば惚れ薬って本当にあるのかなあ?」
真宵はまた馬鹿なことを言っている。
「そんなものが現実にあるならば、とっくに手に入れてあんたに飲ませるよ」という言葉を飲み込んで、私は曖昧に微笑んだ。
「あったら、誰も恋愛に苦労しないんじゃない?」
私が一般論で答えると、
「でもさ、真夏の夜の夢では相手に惚れる薬を瞼にぬったせいでドタバタ劇になってたし。もしかしたら、惚れ薬なんてあっても恋愛に悩みはつきものなのかも」
真面目な顔で一人悩みだす。
そして、しばらく考えたあとに、
「馬鹿みたいかもしれないんだけどさ、惚れ薬の木という噂があるんだけど。探しに行くの手伝ってくれない?」
真宵はがばっと深くお辞儀をするようにして、手をあわせて私に「お願い」してきた。
真宵が惚れ薬を求めるなんて、一体誰に飲ませるのだろうか。
「いいよ」
拒絶して知らないうちに真宵が一人で惚れ薬を手に入れたら嫌なので私はしかなたく快諾したふりをする。
そんな都合のいいものなんてあるわけがない。
ちょっともやもやしていたけれど、真宵と一緒に食べたチョコ味のジェラートは再興に美味しかった。
「だから、浮気じゃないって。えっ、友達と一緒なら写真を送れ?」
ジェラートを食べていると、すぐ後ろに並んでいた女の子がスマホを耳に当てながら、泣きそうな顔をしている。
せっかくこんなにおいしいものを食べているのに、あんな表情をするなんてとても気の毒だ。
「大丈夫ですか?」
真宵は躊躇なく、女子生徒に話しかけた。
知らない人とは言え、同じ制服をきているからあまり警戒心がないのだろう。
真宵はなんだかんだいって、私とは違う。陽の存在だ。
誰とでもすぐに打ち解けて話すことができてしまう。
私はそんな真宵が羨ましいと同時に、警戒心のなさが心配だった。
「あの……、見ず知らずの人に頼むのは申し訳ないんですがもしよかったら一緒に写真に写ってもらえませんか?」
真宵がはなしかけた女子生徒は切羽詰まった様子でそんなことを申し出た。詳しく話をきくと、彼氏が嫉妬深く、今だれかといるか知りたがるタイプらしい。
彼氏のためにバレンタインチョコを買いに来たのだが、それは内緒にしておきたいので、学校の女友達を遊んでいることにしたら証拠写真を送る様に言われたということだった。
「そんなめんどくさい男、分かれれば」
私がそう言い放つ前に、「いいですよ」と真宵は快諾する。
いくら同じ学校の生徒といえども、写真が変な使われかたをしたらいやなので、私が写真をとることにした。
万が一、SNSにあっぷしても顔が分からないように真宵には伏し目がちになってもらい、あえてピントをふたりがそれぞれてにもつアイスクリームに絞る。
知っている人ならわかるけれど、知らないひとならば微妙に判別しにくい写真がとれたと思う。
「ありがとうございます。彼氏年上なんですけど、嫉妬深くて……」
「そうですね。ちょっとやばくないですか」
写真を送ったあとにほっとしたのか、女子生徒は饒舌になった。
ふりまわされて腹が立つので私は女子同士のゆるふわとした会話ではなく、本音で答える。
本来なら、「愛されてるんですね。いいなあ~」なんて言ってもいいのだけれど、年上で嫉妬深い彼氏なんてとてもめんどくさそうだ。
というか、年下の女と付き合っていてそこまで束縛しようなんてやつはろくなやつではない。
自分にとっては過ぎ去った青春をいままさに歩いている彼女をわざわざ束縛するなんて、嫉妬深い。
年下の女子と付き合うならば、そこはもう少し大人の余裕があるべきだ。
まあ、私の勝手な持論だけど。
「ええ、やばいです」
意外なことに目の前の女子生徒はそんなことを言った。
もっと、「でも、彼は優しいんですよ~」なんてふわふわとしたのろけを聞かされると思ったのだが、彼女は真顔で答えた。
「なんで好きなのか私もわかりません。小さなころは近所のお兄ちゃんとしてだいすきでした。『将来はお嫁さんになるの』そんなことをいって大人たちを苦笑いさせたことをよく覚えています。だけど、あの人は、私の彼氏は変ってしまった。いつからか学校でいじめにあったのか不登校になって、なんとか通信制の高校を卒業して大学に入学したのに、その大学にもいかない。将来のこと考えてないんじゃないのかな……だけど、私は彼の彼女だし、支えなきゃいけないんです。別れたいのに」
早口でまくしたてるようなその言葉に私はぞっとした。
なんだろうこの違和感は。
気持ち悪い。
少なくとも好きな人に向ける感情とはなにかが根本的に異なる気がした。
好きな人に向ける感情はどんなにゆがんでいたとしても、今目の前の彼女の持つ感情とは別なものだ。
「ねえ、その人のこと本当に好きなの?」
真宵も心配そうな顔で尋ねる。
「うん。好き。好きじゃないといけないの……たぶん」
目の前の女子生徒がうつむくと、溶けたチョコレートアイスがぽたりと私の制服に着地してシミをつくった。
「あっ、ごめんなさい。もしよかったら、うちに来て。すぐ近くだし染み抜きもあるはず」
制服のクリーニング代も馬鹿にならないのでありがたく申し出を受け入れる。
彼氏に対する言動は変だけど、他はまともそうだし、なんだかんだいって同じ学校の生徒だから。なにかあれば、身元が分かるあいてだから大丈夫だろう。
私たちは、彼女に促されるまま彼女の家にむかった。
彼女の家は隣町との境目にあった。ちょうど一軒となりは私たちの町だけど、彼女の家からは町の外。
つまり彼女はよそ者だ。
幸せなことに。
私たちの住む町にある大きな商業施設は隣町との境のあたりに多い。
両方の町から集客を期待できるのと、あのあたりは地名に数字が入っていないのも大きいのだろう。
誰でもたどりつける場所であるというのは、商売にとっては重要な意味をもつ。
そして、案内された家はとても普通の家だった。
お義母さんが出迎えてくれて、女子生徒が事情を話すとすぐに変わりに着られる服をかしてくれて、スカートの染み抜きまでしてくれるという。
まっている間にはお茶とお菓子をだしてくれた。
「友達を連れてくるなんてひさしぶりねえ。彼氏ができた。まさくんが彼氏になってからこの子、友達を連れてこなくなったのよ。まさくん、まさくんってそればっかり。私としては同年代の男の子と普通の恋愛をしてほしいんですけどね。あら、やだ。私ったらはなしすぎちゃったわ」
そんな感じのどこにでもいる母親という感じだった。ちょっと過干渉なのかなとおもうが、普通の範囲。
私たちは、友達らしく部屋にあがりスカートが乾くまでまたせてもらうことにした。
部屋に入るなり、彼女の電話がなった。
「ね、見えたでしょ。そう、さっき一緒だった子」
そう言って窓の外に手をふる。
どうやら、となりの家の窓が彼氏の部屋らしい。
窓伝いに行き来できるお隣さんって、昔のラブコメかよ。
建築基準法があるので、もちろん隣の家にそのまま窓越しで移動するのが不可能なのが現実の良いところかもしれない。
「女子会だから、カーテン閉めるね。うん。終わったらすぐ電話する」
カーテンを閉めるにも彼氏の許可が必要なんて。私は真宵に目くばせする。真宵でもややひいている様子だった。
スカートのクリーニング代なんてあきらめて家に帰ればよかった。
カーテンがひかれる音がしてやっとひと心地つく。
「大変ですね。愛されてるって」
真宵が社交的な言葉を選ぶ。
「……」
彼女は何も答えなかった。
同じ学校とはいえ、学年もクラスも分からない。
そんな彼女と共通の話題を見つけるのはなかなか難しい。
あたりさわりのない話をするべきなのだろうが……。
「そうだ、あの惚れ薬の木の噂ってしってます?」
私はさっき真宵に聞いたばかりの話をする。
三十年森には惚れ薬の木があるという噂。
真宵に言われてしぶしぶ探すふりくらいはしようと思っていたが、正直いって、三十年森に本当に探しに行くのは無理だ。
だって、三十年森だ。
少なくとも三十年以上生きていないとたどりつくことができない場所なのだから。
だれか大人に同行してもらえば行けないこともないけれど、そもそもあの森は私有地につき立ち入り禁止の看板がもっと手前のところに建てられている。
まともな大人ならば、そんなところに女子高生を連れて行かないだろう。
「ええ、知ってます。実は、私その惚れ薬の実というのを手に入れたみたいなんです」
「はい? えっ? うそ」
面白半分に眉唾な噂話を話題としてふっただけなのに、女子生徒からは意外な反応がかえってきたので私は驚きのあまり言葉にならなかった。
「信じられないかもしれませんが、あれです」
彼女は学習机の方を指さす。
子供の頃にかってもらったであろう学習机の上には花瓶があり、そこに一枝さされていた。
見た目としては、ときどき観賞用にかざってあるフォックスフェイスという植物にそっくりだ。
ただ、フォックスフェイスは黄色なのに対して彼女の机の上の花瓶にある果実は淡いピンク色をしていた。
あと形もフォックスフェイスよりも丸みが帯びていて、見ようによってはハート形に見えるといえるかもしれない。
「これが惚れ薬の実? 本当に効果あるんですか。一つもらえたり……」
「らしいんですが、よくわかりません。まさくん、彼氏がくれたんです。すごく思いつめた顔をして」
惚れ薬を盛られたというならばわかるけれど、惚れ薬をくれる彼氏というのはちょっと不思議だった。
しかも束縛が激しくて、年上。
「この間、一緒に三十年森というところに行ったんですよ。そこで、まさくんが教えてくれたんです。三十年森には惚れ薬の実があるから、これを使えばどんな恋も敵うからって。なんか泣きそうな顔をしていて。相手に料理して食べさせればどんな相手でも惚れさせることができるって」
俯きながら彼女はいった。
「じゃあ、試しに一つもらってもいいですか?」
真宵は躊躇なくいった。
「ご迷惑おかけしてしまってますし、もしよければ……どうぞ」
彼女はためらいながらそう言った。
「えっと、このままじゃ食べにくいから。あったあった」
真宵は化粧ポーチからちっちゃな十徳ナイフのようなものを取り出す。
爪切り程度の大きさのそれは、いとこからのスイス土産らしい。
妙なものをもちあるいているなと思ったが、こういうときに役にたつのかと感心する。
真宵は手際よく、惚れ薬の実といわれた果実を切り分けて皮をむく。
「はい、じゃあ食べてみましょう」
そう言って、私と目の前の女子生徒に差し出す。
「「えっ?」」
思わず私たちは悲鳴をあげた。
惚れ薬といわれて差し出されたものを食べる人間なんているわけがない。
真宵は「しかたないなあ」といいながら、自分で果物を一切れとって食べてみせる。シャリシャリと咀嚼するおとは林檎やナシを思わせた。
「おいしい?」
私はとりあえず真宵に問いかける。
もっと気の利いたことを聞きたかったが、万が一、真宵が誰かのことをすきになっていたら私は立ち直ることができないから。
「まあまあかな? ほら、大丈夫でしょ。たべてみて」
そう言われて私たちはさ果物をひとかけらつまむ。
意を決して食べてみるが、悪くはない。
触感はやはり林檎にちかいけれど、不思議なことに味は苺みたいだった。
「これ、どこかで食べたような?」
女子生徒はちょっとだけ不思議な顔をする。
「ね、大丈夫でしょ」
真宵はにやりとわらう。
「これは惚れ薬の実じゃないってこと?」
私が尋ねると真宵は「さあ?」と首をかしげて
「本物なんてみたことないけど、もしこれが惚れ薬の実だとしても、自分で食べてるから問題ないよ。誰かに料理して食べさせないと惚れ薬にならないんでしょ?」
真宵は女子生徒の方をみて、そういった。
「ええ、まさくんはそういっていたけど。私、この味しってます。まさくんに告白された日に食べた。あの日、お隣のおばさんからのおすそ分けっていってフルーツサンドをまさくんがもってきてくれて、そのまま告白されて……まさくんは年上だしそんな風にみたことなかったけど。なぜだか断れなくて……」
彼女の言葉に不穏な単語がまざる。
そんなときにちょうど部屋のドアがノックされて彼女の母親が部屋にはいってきた。
「はい、簡易的だけど染み抜きできたわよ」
そういってスカートを差し出す。
私たちはいそいそと着替えて、退散した。
「ねえ、もしかしてあの子惚れ薬食べさせられてる?」
帰り道、真宵は私にきいた。
私は静かに首をふり、自分はまさくんにはなるまいと心に決めた。
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