十四年町の古着屋

※※※あらすじ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


十四年町はこの町の高校生にとってはちょっとしたスポットだ。

お洒落なお店がならんでいる。

ちょっとだけ大人の雰囲気な町。

ガキっぽい小中学生は寄り付くこともできない特別な場所。

主人公はこの春に高校に入学した高校生男子。

十四年街は古着屋が数件ならぶ。

友達にさそわれ、古着屋で服を買うようになるが。その古着の元の持ち主は……。


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「なんか、最近変わった服の人が多くない?」


ファッションに疎い私にはよくわからないけれど、なんというか何かが違う。


「ああ、古着流行ってるよね。なんか、昔のほうが縫製とかもちゃんとしてるし。なにより人とかぶったりしないのがいいよねって。可愛い服でも誰かとかぶるとなんか気まずいから」


真宵はなんてことないように答える。

私は無難な服が好きだから、人とかぶっても無難なものが着たい。

他の人が着ないような服をきて、後ろ指さされる方が怖いと思うタイプなので、どうもその考え方は理解できなかった。


だけれど、真宵みたいに何をきても似合うなら古着とかでコーディネートをするのも楽しそうだ。

もし、着る服全部が似合ったら……私もいろいろと試したくなるかもしれない。


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最近、古着が流行している。

私服での通学が許された高校であるせいか、みんな服をよく買うのだ。

中学までは制服で楽だった。

毎日決められた制服を着ていればよかったし、家に帰ればジャージ。

休日は母親が買っておいてくれた服を着ればいい。

だけれど、高校に入った途端、毎日自分で服を決めなければいけない。

土日に母親が用意していた服を着るのとは違う。

気温やら天気を気にしながら毎日違う服を着るなんて、一気に難易度があがった。

そもそも服の数が足りない。


「コウタ、お前も行くよな?」


放課後、最近仲良くなったクラスメイトに声をかけられた。


「行くってどこに?」

「服だよ。古着屋。いいところ見つけたんだって」

「お、行く行く」


本当はどんな風な服を選んでいいかも分からないけれど、こういうとき行かないでノリが悪い奴と思われるのも嫌だった。

学校の帰りに寄り道をするというのは、高校生っぽくて楽しかった。

中学まで、放課後と言えば部活、部活、部活と楽しくもない部活に時間を費やさずにはいられなかった。

だけれど、高校に入ってからは圧倒的に自由だった。

部活をやってもいいし、放課後に友達とファミレスや買い物に行ける。

毎日が土日みたいだった。

放課後限定だけど。


正直、古着屋はハードルが高かった。

みんなそれぞれ気に入った服をみつけてくるのに、俺といえば一つも気に入るものがない。

なにを選んでいいのか分からないのだ。

何が自分に似合うのかも。

一体何が欲しいのかも分からない。

ラックにかかっている洋服を一枚ずつ見ていくが、何がいいか分からない。

それどころか、古着独特の臭いで気分が悪くなった。

誰か知らない人間の皮を被るみたい。

値段は新品を買うのよりも安いのかもしれないが、誰かの臭いや生活、思い出がしみついていると思うとなんだか気持ち悪かった。

だけれど、そんなことは口にできない。

みんな気に入ったものをみつけて盛り上がっているのだから。

水を差すようなことを言ったら、次から誘ってくれなくなるかもしれない。

空気もちゃんと読めることが、大人への第一歩であると自分に言い聞かせる。


どうして周囲のように楽しめないのだろうか。

なにか大事なことが俺には欠けているのだろうか。


俺は欲しくもない古着を周りに合わせるようにしてかった。

家に帰ってから母親は古着をみるとちょっと嫌そうな顔をした。

鏡の前であててみても到底お洒落になったとも、似合っているとも思えなかった。


俺は翌日の放課後、今度は一人でひっそりとその古着屋に行った。

十四年町というと、いままであまり来たことのない場所だが不思議と迷うことなくたどりつくことができた。

小学生の頃、お洒落なお店があるといって、友達といきって十四年町に向かったときはなぜだかたどり着くことができなかったのに、今は一度とおっただけなのに驚くほど簡単に行きたい場所に行ける。


古着屋は昨日と違いとても静かだった。

事情を話すと店員さんは、あっさりと返品を受け入れてくれた。

ただし、もしよかったら返品の理由を教えてほしいと言われたので俺は正直に思っていることを話した。


お洒落に疎いこと。

何が自分に似合うか分からないこと。

古着に苦手意識をもっていること。


それぞれをぽつりぽつりと言葉にすると店員さんは親身にはなしを聞いてくれた。


「もし、よろしければお客様に気に入っていただける服を探すのを手伝いますよ」


古着屋の店員さんは思ったよりも親切だった。

もっと、お洒落で人のことをかまわないような人なのかと思ったが、まるで漫画にでてくる親切で素敵な服屋の店員さんみたいだ。

自分にぴったりな服を選んでもらったおかげで、人生もうまくいくようになるような物語の登場人物になった気分だ。

この人に選んでもらった洋服ならなりたい自分になれるかもしれない。

こんな風に思わせることができるとは、今目の前にいる店員さんはカリスマ店員さんてやつなのではないだろうか。

そんなことを考えていると、店員さんはシンプルな一枚のシャツを差し出した。

今まで触ったことのないような手触りの生地だった。

軽くて、なめらかで、触っているだけで気持ちがいい布。

濃いグレーなのもお洒落だ。それに嫌な臭いもしない。石鹸のさわやかなにおいがするだけ。前の持ち主を連想させる痕跡はなにひとつなかった。


「いかがですか。こちらお似合いになると思われますよ」


俺はそのシャツを自分の見ごろにあてて鏡をみる。

一瞬で体温が上がるのがわかった。ふわっと体があたたかくなって幸せな気分になった。

すごく似合っている気がする。

いままでの自分とは違うけれど、とても気分がよい。

生まれ変わったみたいという表現は大げさだけれど、別な誰かになれるような気がした。


「すごいです。なんか、生まれ変わったみたい」


俺は、わざと大げさに言ってみた。

すると店員さんは「よかった」とほほ笑んだあと、ちょっとだけ言いづらそうに言葉を切り出した。


「実は、こちらレディースものなんです。お客様はとても細身なのでレディースものも綺麗に着こなせているのですが……ただ、ボタンが男性と逆なので見る人がみるとレディースってわかってしまうんです。もし、そういうの気にされるならば別なものも探しますが」

「買います」


俺は即答した。

レディースものと言われて、全く抵抗がないわけではない。

だけれど、それよりも自分にしっくり服に出会えたことの興奮の方が大きかった。


「いいじゃん、そのシャツ」


翌日、学校で服をほめられたのは当然の流れだった。

それから俺は、できるだけあの十四年町の古着屋で服を買うようになった。

店員さんはいつも俺にぴったりな服を選んでくれる。

どれもそれなりにきれいでとても安い。

そして、どの服もまるであつらえたようにサイズがぴったりだった。

古着だというのに俺のために作られたような完璧なサイズ感。

最初は体にあてて、鏡越しにおそるおそるみるだけだった服も今では試着室を使わせてもらって、しっくりくる組み合わせとかも確認するようになった。


俺はすっかり、ちょっとおしゃれな人として一目置かれるようになった。

そのころには毎日のように、十四年町の古着屋によるのが日課だった。


「すみません、今は入荷が少なくて」


ある日、店員さんが申し訳なさそうに俺にいった。

いままでどんなに頻繁に通っても何かしら俺が気になるアイテムがあったので、店員さんのその言葉に俺はショックを受けた。


まあ、古着だから入荷にもムラがあるのだろう。

俺はそう自分に言い聞かせた。

ちょっとだけ裏切られたような気持ちだったのはそっと隠す。


今までの服で十分だ。そう自分にいいきかせて、しばらく古着屋に通うのはやめた。

そのころにはお洒落だという評判もあったせいか、俺は自信をもって周囲とコミュニケーションをとることができるようになっていた。

お洒落な服を着ているおかげで、自信をもって話すことができるようになったし。

周囲も俺に一目置いてくれているおかげで会話もとてもスムーズに進む。

まるで自分じゃないようだった。

気になっていた固いくせっけも、いつのまにか髪質もさらさらになっていたし。

受験勉強で視力がおちて眼鏡をかけるようになっていたのが、いつのまにか視力が回復して眼鏡も不要になった。

成長期のおかげなのか色んなことが変わっていった。

ただ、成長期のおかげでいろんなところが変化しているわりに、身長はあまり伸びていない。


そして一番の変化は最近、色んな人に話しかけられる。

俺から陽の気があるせいだろうか。

知らないひとから、「久しぶり」とよく声をかけられる。

最初は新手詐欺とか美人局とかおもったが、どうやら違うらしい。

知らない女の子たちから「あー、久しぶり」と話しかけられるのは不思議な体験だ。

「あまりにも知り合いに似てたんで……」

気まずそうに言われるが、これがきっかけで彼女ができた。


彼女に「誰と間違えたの?」と聞いた。

どこかのイケメン俳優とか歌手という答えを期待していたが、残念ながら違った。

「私の幼馴染の子」

「それって男?」

「ううん。女の子」

「会ってみたいなあ」

そういうと彼女は悲しそうな顔をした。

「無理かも。ずっと連絡がとれてなくて……だから、はじめてあなたに会ったときびっくりして声をかけたの。あの子が戻ってきたって嬉しくて。あの子ね一時気ストーカーに会ってたみたいだからもしかしたら何かあったのかもって……」

聞かなければよかった。

女の子に間違えられたのがきっかけなんてちょっとショックだった。

俺が黙っているのをみて彼女は気をつかったのか、写真ならあるよと、スマホの写真を見せてくれた。

確かにそこには俺に似ていると言えば、似ている女の子がいた。

ショートカットでボーイッシュな服がよく似合っている。

そのボーイッシュな服にとても見覚えがあった。

俺も同じ服をもっているのだ。


これがユニクロとか無印良品の服ならばわかる。

だけれど、俺が服を買ったのは古着屋だ。

シンプルだけれど、珍し感じの生地だし人とかぶったこともない。


嫌な汗の玉が背中から首筋にかけて染み出るのがわかった。

汗の玉はチクチクと肌を焼くように傷つけ、そして限界を超えたものは背中をものすごい勢いで滑り落ちていく。


いや、偶然だろう。

俺は自分に言い聞かせるが嫌な予感はとまらない。


彼女にさよならを言って、俺は久しぶりに十四年町に向かう。

久しぶりに行った古着屋は記憶のなかと大して差はなかった。

当然だ。

久しぶりといっても何年もたっているわけではないのだから。

店員さんも、俺が店にはいるとすぐに俺の姿をみつけて「おひさしぶりです」と嬉しそうに声をかけてくれた。


「あのっ、服って」

「ええ、新しいのを入荷していますよ。お客様のために取り置きしておきました。なかなかいらっしゃらないので心配していたんですよ」


「あの服ってどこから仕入れてるんですか?」そう聞こうとした言葉を店員さんは遮ってきた。でも、新しい服が入荷されているというならばきっとあの服の元の持ち主は生きているはずだ。

俺は自分が一瞬考えてしまった最悪の事態が回避できているようで安心した。


さすがに馬鹿げている。

死んだ人の服を売っている古着屋なんて。

俺は安心すると同時に、ひさしぶりに店員とはなせたことが嬉しく思わず笑みがこぼれる。

俺をここまで育ててくれた店員さんだ。

温かくておしゃれでめっちゃいい人。俺はすっかり店員さんになついて、髪型や肌の手入れまで教えてもらっていたころのことを思い出した。


「せっかくだから、試着室でまってください。きっと、気に入りますよ。僕の一押しなんで」


店員さんの人懐こい笑顔に俺はなつかしさでいっぱいになり、素直に従う。

赤い天鵞絨のカーテンの試着室。

大きな鏡はアンティーク調で店のこだわりが感じられる。

そういえば、都市伝説で海外のブティックで女性が試着室にはいると、誘拐されて手足を切り落とされるなんて話を来たなと思い出す。中学生の頃、ちょっとだけ孤独な少年だった俺は都市伝説などを調べるのにはまった時期があったのだ。


確かに試着室という場所は狭いし逃げ場がない。

店という他の人の目がある中立的な環境じゃなければ危険だ。


「おまたせしました~。こちらなんですが、きっとお似合いですよ」


そう言って店員さんが持ってきてくれたのは、制服だった。

隣町にある中学校の一つのもの。

しかもセーラー服というまごうことなき女子の制服。


「あの……これって?」

「いままでお買い上げいただいた服とてもお似合いですよ。きっと、こちらもとてもお似合いになります。元の持ち主の方もとってもお似合いでしたから」


店員さんはにっこりとほほ笑んでいった。


俺は仕方なくセーラー服を身に着ける他なかった。

その後、俺がどうなったかって?

俺の私物の古着もそのとき試着させてもらったセーラー服も再び、あの古着屋で売られているとだけ……。

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