狐の嫁入り

※※※あらすじ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 十二年化粧品店。

 化粧に興味を持ち始める。

 子供雑誌の付録から、ドラッグストアで買えるプチプラコスメ。

 子供でも簡単に手に入るからと教室の中では、色つきリップクリームから始まり、ネイルに香水まで流行始める。

 化けるという文字が入っていることから私も興味を持つ。

 だけれど、どうせならただ色を塗るのではなく本格的に化けられるように化粧品店にいってみようと真宵をさそう。

 行ってみたはいいけれど、やはり大人の化粧品店は子供が入れる雰囲気じゃない。

 こっそり、外から覗いていると、自分たち以外にも中を覗いている少女がいた。

 ほっそりとして、色白でちょっとだけ幽霊のように頼りない女の子。可愛いけど、どこか人形のようにつくりものめいている。

 女の子は綺麗になりに来たけど、自信がないから一緒に店に付き添って入って欲しいと頼まれるが……。


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「見てみて、でも先生には内緒にしてね」


 そういって、真宵は私の方に両手の甲がみえるように差し出した。

 いつもどおりすらりと綺麗な指の先は、星屑を散らしたように輝いている。


「マニキュア?」

「そう、透明のやつでラメが入っているの塗ったんだ。綺麗でしょ。色がない分、ばれにくいと思うし」


 真宵は嬉しそうに私に見せびらかす。


「でも、先生に見つかったら怒られるかもよ?」

「うん、だから内緒にしてね」

「そうじゃなくて、給食のは以前のとき汁物は先生がやってくれるじゃない。そのとき、おぼんをもってったら指先が見えてばれちゃうよ?」

「えー!」


 真宵はさっきのぴかぴかの笑顔からいっぺん泣きそうな顔になった。

「どうしよう」

「マニキュアってもってきてるの?」

「うん。一緒にぬって怒られてくれるの? でも、それだと怒られるから変わらないと思うんだけど……」

「馬鹿ね」


 私はあきれて笑いながら、真宵がマニキュアの小瓶をポケットからちらりと見せるのをみて、空き教室までひっぱっていく。

 窓をあけて換気の準備をしたら、真宵からマニキュアの小瓶を奪い取り、そっとその指先を捕まえて、艶々とした爪の表面にそっと筆をはしらせた。


「ああ、だめくすぐったい。それに、ラメを濃くしたら先生にもっと怒られちゃうよ」


 真宵は不安げな声をあげる。


「大丈夫」


 そういって、私はポケットからティッシュをだしてまだマニキュアを塗ってから乾いていない指先をティッシュで強めにつかむようにしてぬぐった。


「ほら、これでマニキュアが落とせるでしょ」


 私はちょっとだけ、得意げにいった。

 マニキュアを落とすのに除光液を使うのが普通だが、除光液がないときはマニキュアを上から塗りなおすことによってその表面をとかすことができるのだ。

 乾く前に拭き取れば、もとからあったマニキュアの層もとけだしているのでちょっとめんどくさいが落とすことができる。

 真宵の場合は色のないラメのマニキュアだから、先生もラメがついているのをみても、せいぜいラメペンによるものだと思ってくれる程度にまで落とすことができた。


 真宵は元通りになった自分の爪をちょっと残念そうな顔をして見つめた。


「綺麗になりたいんだけどな」

「真宵はそのままでも可愛いよ」


 本当は「綺麗だよ」と言いたかったけれど、なんだかそんなことを言って引かれたらやなので「可愛い」にとどめておく。

 その代わりに、真宵に私はちょっとだけ素敵な提案をした。


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 十二字とおにあざには化粧品店がある。

 ドラックストアじゃなくて、化粧品店。

 デパートのコスメカウンターとも違う。

 けばけばしくない店内はうっすらとしたあかりで照らされ、上品な香りの美容クリームが誰かの肌を包む日をひっそりとまっている。


 いつも通りかかるたびに気になっていたお店だ。

 子供には関係ないとはわかっているけれど、ガラス越しにかすかに見える化粧品の美しいパッケージに、出てくる人から香る甘く上品な香り、そとから差し込んだ日差しが見本用の古い化粧品の瓶を通り過ぎて床に作るいくつもの虹。


 中で何がおこなわれているかはっきりとは分からないけれど、そこはとてつもなく魅力的な場所に思えた。


 ただ、小さな子供のころであれば純粋に覗きこむこともできた。

 大人たちも真似したがりの小さな子供が大人をよーく観察してるんだとあたたかい目線で見守ってくれていた。

 だけれど、年頃の少女といわれる年齢になってからは、覗き込むなんてはしたないし。大人からも「色気づいた」みたいなよくない感想を抱かれるのが分かっていて、なかなか表にだすことができなかった。


 だけれど、今日は真宵が一緒だから思う存分眺めることができる。

 一人だけだと、色気づいて可愛げのない小娘だが、美少女の真宵と一緒にいれば年頃の娘が化粧品に興味を持つのも当然だと思ってもらえるから。

 真宵の整った容姿は人々を惹きつける。

 そして、口を開けば朗らかなしゃべりに小鳥が歌うような可愛らしい声。

 誰もが、彼女の味方になるだろう。


 真宵が私と仲良くしてくれるようになったのは、本当に私は

 ことができた私は本当に幸いだ。


 私は真宵が横にいてくれるおかげで安心して化粧品店の中をのぞくことができた。

 今のうちから大人になったら買いたいものを決めておくのだ。

 そして、少しずつ背伸びをして手に入りやすいものから揃えていく。

 少しずつ未来の自分を組み立てるみたいで、わくわくした。


 化粧になんて興味がない。

 子供らしく学校のルールを守るのが無難で安全というポーズをとっているが、本当は他の女の子と同じくらい、いやそれ以上に化粧に興味があった。


 美しく飾るのではない。

 化けるというのがなんとも魅力的なのだ。


 私も化粧品を使えば真宵のような美しさをもつ少女に化けることができるだろうか。もし、化けることができたら、私はすこしだけ素直にふるまうことができるかもしれない。


 ああ、あの棚の一番高いところに置かれた桃色の小瓶は何に使うのだろう。

 色見本として置かれた口紅のなかには透き通る様に青い色もあるけれど、あの色を唇に重ねれば海のように穏やかに話せるようになるかもしれない。

 星屑を砕いたようなラメを瞼にのせれば、瞬きのたびに誰かの心を惹きつけることができるかもしれない。

 真珠のような色をしたマニキュアを爪の先にのせれば、誰もが私の手が示す方に注目してくれるかもしれない。


 一つ一つの品物をながめて想像するだけで、胸がどきどきした。


「「はあ」」


 うっとりとした、ため息の二重奏だった。

 化粧品の美しさに思わずため息をもらしたとき、誰かのため息がかさなった。

 はじめは真宵のため息かと思った。

 真宵も私と同じように化粧品の美しさに感動しているのかと思った。

 だけれど、真宵はというと私ほど店の中の品物に憧れている様子はなかった。


 私はあわてて周囲を見回すと、すぐ近くに女の子がいた。

 私や真宵よりも小柄だが、表情は子供っぽくない。

 たぶん、私たちと同じくらいの年齢だろう。

 真っ白な肌に整った顔立ちはどこかで見たことがあるような気がした。


「綺麗ですよね」


 女の子は私の方をみてにっこりとほほ笑んだ。

 笑顔よりもその肌の白さが眼を引いた。

 きっと、こんなに白い肌であればどんな化粧品もよく映えるだろう。

 それに服まで真っ白だ。

 なにものにも染まらないその姿はやけに人間離れしていた。


「ええ、いつか大人になったらこういう店で買い物をしたいんです」


 私は言葉を選びながら返事をする。

 知らない女の子と話すのが久しぶりで緊張する。

 だって、この町の人間なら同じ学校に通っているはずで、だいたいなんとなく顔はしっているのだ。

 なのに目の前の女の子といってら、真っ白でとても目立つというのに私はこの女の子を見かけた覚えさえない。

 どこか作り物めいた顔は見たことがある顔のような気もするが、不思議なことに今目の前にいる彼女とは初対面だった。


「それは素敵ですね。ねえ、お願いです。私、これからここで買い物をしなければいけないんです勇気がなくて……もしよかったら、買い物に付き合ってもらえません?」


 願ってもない申し出だった。

 買い物をする予定もないので、まだこの店の敷居をまたぐのは先の話だと思っていたというのに。

 買い物のつきそいという大義名分を得られたのだから。

 でも、今目の前にいるこの子が化粧品を買うのだろうか。

 化粧品なんて必要ないくらい肌は白くシミ一つない。

 ただ、口紅を塗ればものすごく映えるだろう。


 真宵も実際に買い物をするというならとテンションがあがっていた。

 私と真宵は幽霊みたいに真っ白な少女とともに化粧品店の中に入った。


「いらっしゃいませ」


 上品な声が響いたあと、店主の視線が少し彷徨ったあとこちらを捕らえた。

 子供が冷やかしにきたとして、怒られるかと思った。

 しかし、店主はゆっくりと私たちを見て「どうぞ、こちらへ」とでもいうように、手で示して歓迎してくれた。


「本日は何をお探しですか?」


 目線をこちらに合わせて確認してくれる。

 店主が動くだけで、ふわりと甘く上品な香りが揺蕩う。

 果物とも花とも石鹸ともとれる香りは正体を突き止めようとすればするほど、どこかに逃げていき、良い香りだったという印象しか残さない。

 店主はそっとほほ笑みこちらの返事をまっていてくれる。出しゃばりすぎない。

 ああ、一流の接客なんだ。こういうのテレビでみたとおもい感動する。

 でも、声がでない。

 何を探しているって言われても、ずっと憧れていた場所にいるだけでも緊張と嬉しさで胸がいっぱいだった。

 幽霊みたいに真っ白な女の子は緊張した面持ちで一枚の紙を店主に渡す。

 優雅に受け取るその所作は、店主というよりマダムという響きの方が似合っている。

 マダムは受け取った紙を開くと、「まあ、大変」と小さく声を上げた。


 上品でゆったりとした口調からは、全く大変さは感じ取れなかったが、それでもマダムは先ほどよりきびきびとして動きで私たちを店の奥に案内した。

 私たちというよりも幽霊のような女の子をと言った方が正しいかもしれない。

 それだけ彼女は上等な客なのかもしれない。

 私たちと同じく初めてこの店に訪れたというのに。

 いや、もしかしたら彼女はただのおつかいで彼女のお母さんがこの店の常連さんというやつなのかもしれない。


 私はそんなことを考えながらぼんやりと幽霊のように白い女の子を観察した。

 真っ白な雪のような肌に真っ黒な瞳、どこもかしこもほっそりとした体つき。

 体をねじればちょっとした隙間を通り抜けることができそうだ。だからといって、骨ばっているわけではなくしなやかな感じがする。


「さあ、さあ。こちらに」


 そう言ってマダムは真っ白な女の子を鏡の前の椅子に座らせた。


 なめらかそうなスカーフみたいな布で女の子の首から下を覆う。


「ああ、肌が白いからどんな色でも映えますわね。好きないろとか、目指したい雰囲気とかありますか?」


 真っ白な女の子はちょっと困ったようにほほ笑む。

 緊張しているのだろうか。


「憧れの女優さんとかでもいいですよ。せっかくのハレの日ですからね。特別なりたい自分を演出しなくては」


 マダムはやる気いっっぱいだが、一方で女の子はその様子にちょっと圧倒されていた。

 私はとっさに、女の子の手を握った。

 ちょっと距離感が近すぎると思ったけれど、前に私が緊張しているときに真宵がこうやって手を握ってくれたのがとても安心できたから。

 真っ白な女の子もそんな風に思ってくれたのか、少しだけ握り返してくれた手はほんのり赤みがさしてきていた。


「あの、女優さんとかではないのですが……春のお花みたいになりたいです。たとえば、桜とか」

「あら、それも素敵ですわね」


 マダムは真剣なまなざしで、真っ白な女の子の声に耳を傾ける。

 そして、いくつか見本をみせながら女の子の意見をきく。

 ゆっくりとした口調で確認をするが、その手の動きは恐ろしくきびきびとしていた。

 もちろん、工程ごとに女の子にちゃんとイメージとあっているかの確認もする。


 目立つ色が塗られているわけではないのに、薄い色が重なるにつれてどんどん彼女の美しさがはっきりとしてくる。

 指先にのせただけでは色がついているかどうかも分からないような薄い色が重ねられるごとに、女の子の美しさがはっきりとした輪郭を持ち始める。


 無理やりに美人の形をつくるのではなく、もともとそこにあった彼女の美しさを引き出していてまるで魔法みたいだった。

 魔法みたいなんて表現は子供っぽいかもしれないが、意地悪な町に住んでいる時点で現実なのだから仕方がない。


 手持無沙汰の私と真宵は外からは良く見えない棚にならべられた商品を眺める。

 人魚の涙を使ったシャンプーや真珠の粉の入ったマスカラ、太陽の光で煮詰めたシロップで作った香水。

 秋のリンゴの蜜で作ったネイルオイルに、ススキの穂で作ったメイクブラシ、春の一番綺麗な花粉を使ったチーク。

 なんというか、やはり普通じゃない。

 だけれど、どれもみていてわくわくした。

 ドラッグストアなどで扱われているものとは違い、ひとつひとつが丁寧に作られた貴重なものだと思えた。


「さあ、そろそろ本当の自分を好きになれるころじゃないでしょうか」


 マダムはニコニコとしながら、真っ白な女の子のことを鏡越しに見つめた。

 少女は困ったような顔をする。


「目を閉じて、最後に一番きれいになれる魔法をかけてあげますから」


 マダムはそういうと、女の子が目を閉じたのを確認してからその頬を柔らかな白いパフでそっと撫でた。


「ケサランパサランのメイクパフです。大丈夫。あなたはきっと幸せになれますから」


   「はっくしゅん」


 パフの粉が飛んだのか、真宵が小さくくしゃみをした。

 くしゃみまで可愛いなんてずるい。

 だけれど、小さなくしゃみのわりには被害が大きく、ケサランパサランのパフが入っていた容器から白い粉が舞った。


 一瞬だけ、雪が降ったみたいに白くなった。


 そして、再び視界が戻ったとき、鏡の前に白い女の子はいなくなっていた。

 鏡の前に座るのは、小さなキツネだった。

 真っ白くて小さな可愛らしいキツネが鏡ごしにこちらをみつめていた。


「今日、お嫁入するからきれいになりたくて……綺麗になれたかしら?」


 真っ白なキツネの女の子は私たちに尋ねる。

 私も真宵もそして、マダムもみんなにっこりと頷く。

 真っ白な花嫁衣裳を身に着けたキツネの女の子は、本当に綺麗だったから。


 帰り際、マダムはキツネの女の子に今日使ったメイク道具の使い方をしっかりと教えていた。

 私たちには「試供品です。もっと大人に近づいたらきっと来てください」そういって、リップや小さな化粧品の試供品をくれた。


 女の子と別れて店をでる。

 さっきまで優しく美しい色に囲まれていたせいか、町にあふれる色の強さにくらくらした。


 あんなに不思議なことがあったというのに、「あの子可愛かったね」なんて言って真宵は驚く様子がない。

 この町に意地悪されていることも気づかない真宵はもしかしたらとんでもなく鈍感なのかもしれない。


「もふもふのしっぽなでさせてもらえばよかったのに」


 私がふざけて言うと、


「それはなんか失礼じゃない……セクハラになったらいやだし」


 そんなことを言ってふざけていると、突然雨がふりだした。

 太陽はでているのに、サーっと音がなるような縦に長い雨粒が落ちてくる。

 買い物をしていた通りを行き交う人々は急いで建物に逃げ込んでいくが、私と真宵はなぜかうごくことができなかった。


 こういうお天気雨のことを狐の嫁入りというんだっけ?


 すると、ちょうど私たちがさっきでてきた店のあたりを何人もの影がゆっくりと厳かな様子であるいていくのが見えた。

 白無垢を身に着けて誰よりも綺麗なキツネの女の子もその列にいた。


「みて、虹がでてる」


 真宵がそういったのは、行列はずっと遠くに見えなくなったあとだった。

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